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生命の火花。
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#小説

『君の名は。』

高級イタリアンレストランにて、私は待っていた。

無限に続く喧騒の中で、ミラノ風ドリアが50皿を超えて提供される。赤と白のワインボトルは机上に乗り切らない数ほどあり、それに伴って学生のノリもタチが悪くなる。まれに注文されるミラノ風ドリア以外の料理をどの卓上に載せればいいのか店員は困惑し、ベタベタになったテーブルを拭くための紙ナフキンも散乱している。以前悪酔いしてミラノ風ドリアを他の客に投げつけ

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終着、延長。

あなたが管で繋がれている。点滴の音だけが、聞こえる。これほど近くにいるのに、あなたの鼓動が世界から途絶えたようなのです。それを打ち消すように、私はひとりで窓の外を見る。向かいの塀の無彩色が、鮮やかな世界を遮断する。

呼吸器の下に見えるあなたの整った鼻は、凛として生きている。あなたは、生きているのだ。

私は看護師に事情を話し、あなたの個室に長く滞在することを許された。家族でも恋人でもない

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感じる

オカルトちっくなことを言うようですけれども、私は感じるんです。人の誕生日に。数字を聞いて、ビビッとくるときとそうでないときが明確にあるのです。

誕生日を一発で覚えられる人とは、大抵縁があります。それ以前に、誕生日を聞いてみたい欲が湧き上がる相手と、別に興味がないから聞かずに済ましてしまう相手に分かれるんですね。初対面にも関わらずそういう区分けが勝手に出来上がるのです。暫く関わったクラスメート

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幸せな鳥

幸せな鳥

どこにもいられない鳥が、君の隣ならどこへでも夢を見、共に羽ばたけた。

鳥は、生まれつき足がなかった。だから巣を作ることも、子供を持つことも、鳥にはできないのだった。生きるには飛び続けるしかなかった。そんな鳥と同じ密度と温度で呼吸をできる生きものは、いるはずがないと思っていた。信じるだけ無駄なのだと、鳥は知っていた。

気を狂わすほどの花粉の風にも、焼き鳥になりそうなほどの灼熱の陽射しにも

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足のない鳥

こんな夢を見た。

俺が照葉樹林を見下ろしている。太陽はばちりと瞬いた。影を裂く鋭さで雲が流れて行く。俺はどの木よりも高く浮いていて、猿にも人間にも狼にも襲われない。嵐の前夜のような荒びた黄昏だった。

花の香りが届いてきた。俺に鼻があったのかと自分の腕を挙げて確かめようとするが、腕を不当に動かした瞬間、泥濘の中途半端に乾いた地面に叩きつけられるのだと気づいた。俺は羽毛に覆われて、空を飛んでいる。

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出会う前から好きだったよ。
夢で会ってたから。
僕は人間より妖精に生まれてくるべきだったのに、君に会うには人間じゃなきゃならなかった。 #小説

問答

天使が佇む。くるくるカールした髪、中性的な顔、思わず触れたくなるような柔らかく丸い手足。ストロベリーシェイクを塗りたくったみたいに、可愛さに囚われた頬をしている。

そして、私を覗き込む。父母に殴られた試しのない無防備っぷりで。

「君はなぜ顔を背けるの」

「天使よ、キミは眩し過ぎる。私を視線で虐めるのはやめておくれ。私はもう現世で充分肉体を酷使したのだから」

「それに、心も、

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羽のない鳥

羽のない鳥

学校の七不思議を信じるような子供ではなかった。今もそうだ。

けれどもあの場所を説明するとき、いかにも奇妙な場所が、日常的に目に触れてはいるが入ってみようとは思わないところにあるのだ、と言うことができるだろう。

あれは普段と変わらない、何の変哲もない日だった。出席を取らない講義を切って、公園で昼寝をしたり哲学書を読んだりするのも、いつものことだ。それ以上でも以下でもない。

授業中の閑散とした構

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普通の王道にはなれない。

側にいればいるほど、終わりを感じる。肌に張り付く。

ああ、この人の近くにいることはできない。いずれ自分とこの人は決して交わることのない、覚束ない過去だけの関係になる。いつ細い糸が切れてしまうかわからない。どうかあとひと季節保ってほしい。きっとこの人は私を忘れる。私は死ぬ瞬間までこの人に囚われているだろうというのに。
ただ絶望と呼べたらいいのに、その距離感こそが徹底的な日常で。

私は自

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再会(パッションゆえだとしたら)

運命と言わず、他に何と言えば伝わるのかわからない。けれども、それはどうでもいい。言葉に意味はない。

もう二度と会えないかもしれない別れ方をした相手と、数ヶ月ぶりに再会したという、そして私は意識的な無表情のまま、今ここから宇宙空間へ投げ出されたような爆発的衝撃を、心に受けたというだけの話だ。

私の涙は枯れていたし、彼女も無関心だった。交わす言葉はなかった。つまり現象として何も起こり得なかった、つ

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星に願いを

星に願いを

ねえ一緒に死のうか。

イルカはつぶらな瞳のまま、ボクの手を突っついた。
イルカは大きく口を開けた。ボクには聞こえない超音波で、喉も裂けろと叫んだらしかった。
プラネタリウムの電源をオンにする気軽さで、真っ暗な夜が満天の星空に変わった。

仲間がいるよ、とイルカは誘った。
無数の星々は区別なく蠢いて、押し競饅頭していた。みんな必死だった。

ボクの涙腺は再起不能だったから、もはや普通の

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『春の嵐』

自分がこの世界から去るときには、ヘッセの『春の嵐』を遺書として差し出したい、と友人に伝えた。もっと自分の言葉で語れたら、と思うことは重々あるけれど、そうするには人生は足りず、言葉はすり潰されてものにならない気がする。

以下、高橋健二訳。新潮社。

外的な運命は、避けがたく神意のままに、私の上をすべての人の上と同様に通り過ぎて行ったとしても、私の内的な運命は私自身の作ったものであり、その甘さに

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