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幸せな鳥

どこにもいられない鳥が、君の隣ならどこへでも夢を見、共に羽ばたけた。


鳥は、生まれつき足がなかった。だから巣を作ることも、子供を持つことも、鳥にはできないのだった。生きるには飛び続けるしかなかった。そんな鳥と同じ密度と温度で呼吸をできる生きものは、いるはずがないと思っていた。信じるだけ無駄なのだと、鳥は知っていた。

気を狂わすほどの花粉の風にも、焼き鳥になりそうなほどの灼熱の陽射しにも、心地よくたゆたって踊りに付き合ってくれた葉が枯れて堕ちていく孤独にも、鳥は無言で慣れ、耐えた。
自然に生きることがこの世の常であり、鳥にとっては飛び続けることこそ、自然なのだった。出会っては別れ、泣いても慰めてくれるものはいない環境が当たり前で。

鳥が川沿いを飛んでいるとき、ハーモニカの音が流れてきた。自由で孤独な鳥は、その音に魅かれてすぐに追いかけた。鳥が羽ばたきを止めてしまいそうになったことには、鳥と同じほど生きたかもわからないほどの健気な少女が、それを奏でていたのだった。この世の愛しさをすべて詰め込んだ叫びだった。あるいは、嘆きの。

鳥は誓った。
君に恋をしたのなら、君が落ち込んで宇宙に独りぼっちだと思い込んでいる間、窓ガラスを突っついて、僕に不釣り合いなほど、君に見合うほど、美しい花を摘んで、授けよう。

それから鳥は同じ景色を何度も見た。一箇所に留まることのできない鳥にとって、そんな自滅的な行動を自ら選択したのは、生まれて初めてのことだった。同じ絵しか描かれていないパラパラ漫画を永遠にまくり続けるほど滑稽なことに違いなかったが、恋しさとも哀しさとも楽しさとも言えない熱情は、高まるばかりだった。

少女がハーモニカを吹く横顔を見、美しい寝顔を見た。鳥は黙って、花を授けた。毎日少しずつ違う色の、けれど透き通る瞳を花弁の奥に秘めているような。鳥は一声も鳴かなかった。ただ側に居たかった。呼吸を感じていたかった。単調な毎日が幸せだった。

やがて、花は尽きた。鳥は耐え難くなったのだ。あまりに幸せだったから。どんな花でも声でも足りない。行き止まりだった。好き過ぎたのだ。絶望に直面するまで。少女は自分がいなくても素敵なハーモニカを奏でることができる。もう大丈夫なのだ。

鳥はまた飛び続けた。もはや絶望より疲労を欲して。激しく高く飛び、知り得るものたちは消えてしまった。鳥は自由で孤独な性に帰った。このまま雲の上を越えていけば、星の仲間になれるかもしれない。そんな夢を見るのもいいことだ。



鳥はどこにいても願っている。君が幸せでいられますように。

#小説 #絵本

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