足のない鳥

こんな夢を見た。

俺が照葉樹林を見下ろしている。太陽はばちりと瞬いた。影を裂く鋭さで雲が流れて行く。俺はどの木よりも高く浮いていて、猿にも人間にも狼にも襲われない。嵐の前夜のような荒びた黄昏だった。

花の香りが届いてきた。俺に鼻があったのかと自分の腕を挙げて確かめようとするが、腕を不当に動かした瞬間、泥濘の中途半端に乾いた地面に叩きつけられるのだと気づいた。俺は羽毛に覆われて、空を飛んでいる。官能的に風が撫で付けてくる。俺は俺だった。

花に誘われるまま木々を潜り抜けて、匂いの元へ飛んで行く。三度の飯より、風の息吹きより、月の涼しげな郷愁より、その花の甘さは尊く感じられた。儚げな花がそれでも正々堂々と生きていた。

俺は花咲く枝に止まろうとする。ところが、足がない。俺にあるのは翼だけだった。花と出逢ってわかったのだ。俺は一所に止まった瞬間死ぬのだ。花弁を吹き飛ばさないように、大木の成長する速度ほど丁寧に、音もなく一度だけ花に口付けた。その瞬間、俺のクチバシは白い花弁を引き裂いた。唯一の俺自身であった翼までも崩れていった。俺は慣れない大地へ堕ちていく。此処は空の色彩と対極の硬さだった。

#小説 #死生観 #寓話 #魂

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