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ぼくはなぜ書くようになったのか

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ぼくはなぜ毎日毎日書くようになったのか。 そして、それが1年10ヶ月以上も続いているのはなぜか。 書こうと思ってもなかなか踏み出せない人への参考になればと思い、これまでの経緯を… もっと読む
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編集ライター講座

編集ライター講座

なぜ僕は書くようになったのかをテーマに何回になるかわからないですけれど書いていこうと思います。

さて、第1回目ですが、そもそものきっかけから書くことにします。

僕は40歳過ぎまで文章なんぞ書くような人間ではありませんでした。
ウェブ制作という仕事がら、ブロガーさんなどと知り合い、アフィリエイトでウハウハしているような人もいて、真似してみようと思ったりもしましたが、書きたいこともなく全く続きませ

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無意識の存在 嶋浩一郎さんの場合

無意識の存在 嶋浩一郎さんの場合

なぜ書くようになったのか、第2回です。

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こうして僕は2014年暮れから、編集ライター講座に通うことになりました。

著名な講師が次から次から登場し、とても刺激的な講義が続きました。その中でも衝撃的だったのは、博報堂ケトル代表であり編集者である嶋浩一郎さんの講義です。

嶋さんは、編集とは何かという問いをたて、

「編集とは人々の無意識に言葉を与える行為」

だと言いました。

氷山の写

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無意識の存在 山田ズーニーさんの場合

無意識の存在 山田ズーニーさんの場合

なぜ書くようになったのか、第3回です。

編集ライター講座の中で楽しみにしてのは、山田ズーニーさんの講義でした。山田ズーニーさんはほぼ日で「おとなの小論文教室。」という連載を長くやっている方です。

僕はほぼ日で毎週このコンテンツを読んでいたので、山田ズーニーさんがどんな講義をしてくれるのか興味津々でした。

ズーニーさんは、初めに自身のフリーになった体験を語りつつ、無意識について言及しました

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日記を書き始める

日記を書き始める

なぜ書くようになったのか、第4回です。

無意識というものに興味深々になった僕。

人間には自分では意識できない無意識の領域が広大に存在している。
ズーニーさんはそこに問いを立て、言葉にすることによってより深く自分を知ることができるといいました。
そして、それこそがあたなが表現すべきことだというのです。

当時の僕は(まぁ、今もそうですが)人生に迷いに迷っていました。
これからフリーでどうやって生

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コツコツやることの大切さ

コツコツやることの大切さ

なぜ書くようになったのか、第5回です。

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ある講義の課題で「新社会人に勧める本の書評」というお題が出ました。

僕はこのお題を聞いた瞬間、取り上げる本はあれだなと思いました。
村上春樹著「走ることについて語るときに僕の語ること」です。

僕はこの本をおそらく4、5回は読んでいました。
村上春樹さんはかなりのシリアスランナーなのです。
走るとは村上さんにとってどういうことなのかが淡々と綴られて

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書いてもいいのかもと思えたこと

書いてもいいのかもと思えたこと

なぜ書くようになったのか、第6回です。

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また今回も大きな転機となった講義について書かせていただきます。

その講義は、「オシムの言葉」などで知られる、ノンフィクション作家の木村元彦さんが講師でした。

その回は、作家の深沢潮さんが来てくださり、希望者4名がインタビューし、それを元にして原稿10枚を提出するというものでした。

深沢さんは、在日をテーマとした作品でデビューし、以降、それをご自

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卒業制作

卒業制作

なぜ書くようになったのか、第7回です。

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編集ライター講座も佳境を迎え、いよいよ卒業制作へ突入しなければならない時期がやってきました。

僕は仕事が忙しくなってしまい、取材などをしている暇がまったくない状況。取材しないでどう記事を作るか考えました。

僕は、2013年に亡くなった母のことについて書こうと決めました。
母の最期に立ちあえた経験を掘り下げておきたいと思ったからです。
こういった経

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私は、を書かない

私は、を書かない

なぜ書くようになったのか、第8回です。

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いよいよ、卒業制作の審査発表の日が来ました。
提出された一つ一つの原稿に、二人の講師がコメントをくれます。
最後に、上位者が発表されるという段取りでした。

まず最初に全体に向けて言われたことは次のようなことでした。
評価の基準がこの記事がお金になるかどうかということ。
そして「私は」を書いていないこと。

あぁ、僕はほぼ自分のことしか書いていないの

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表現する勇気

表現する勇気

なぜ書くようになったのか、第9回です。

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編集ライター講座も終わりまた以前の日常に戻ってしまいました。
ウェブ仕事の方向性を変えたくて講座に通ったのに、また以前の通りウェブ仕事に忙殺される日々。

さて、これからどうするか。

文章を書くようになったとはいえ、それをどこかで公開するのには、まだまだ勇気がありませんでした。
ブログをやるとか、もうとんでもないという感じ。

何言ってんだあいつは

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写真という表現

写真という表現

なぜ書くようになったのか、第10回です。

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カメラ講座は、基本的なカメラの使い方から始まり、露出についてや光の捉え方など、より実践的な内容へと進んでいきました。

書くことと同様、たくさん撮ってよい写真わるい写真を見極められるようになることが大切だというので、常にカメラを持ち歩くようになり、気になったものがあればパパッと撮るというようなことを始めてみました。

普段、あまり気にしていなかった

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noteを毎日書くと決める

noteを毎日書くと決める

なぜ書くようになったのか、第11回です。

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僕の中で確固たる自信ができたわけではないのですが、もうこりゃ書くしかないだろうという感じになってきました。

さて、どういう場で書くか。

noteというサービスは前から知っていて、書くならここかなと思っていました。ブログなどをやったとしても誰が見てくれるのか分からないですし、noteはなんだか文学畑方面の人が多そうだなと思ったからでした。

でも

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日々の風景

日々の風景

なぜ書くようになったのか、第12回です。

毎日書くようになって困ったのは、何を書くかです。
当たり前ですが。

2016年が始まってから、正直申しまして、波乱万丈な人生が待ち受けていました。

僕が人生を終えるとき、2016年は転機の年だったと語ることになると思います。
つまり、いろいろ大変だったということです。

そんな大変なことが日々起こる中、毎日、毎日、文章を書く。
良かったり悪かった

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自分の欠落を埋めるために

自分の欠落を埋めるために

なぜ書くようになったのか、第13回です。

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2016年、何がそんなに大変だったのかというと、ぶっちゃけちゃうと夫婦関係です。

「村上春樹、河合隼雄に会いにいく」という本で、村上さんは、苦しむための結婚という見出しで次のようなことを書いています。

僕自身は結婚してから長い間、結婚生活というのはお互いの欠落を埋めあうためのものじゃないかというふうにぼんやりと考えていました。でも最近になって(

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導かれるように

導かれるように

なぜ書くようになったのか、第14回です。

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そんなこんなで僕も妻も自分に向き合い、疲弊した2016年前半でした。

要は自立への道だったと今となれば思います。
僕たちは共依存のような関係だったのです。
夫婦は多かれ少なかれ、そのような関係になっていると思います。
それがうまくはまっているうちはいいのですが、そうでもなくなってくると大変なことになるのです。

お互い、別々の井戸を掘り始めました

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