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ほろ酔い気分ではしご酒。私の中の「飛騨高山っぽさ」が覆る夜

扉を開けたら別世界

 そろそろどこか旅行がしたいな、と思っていたら、「私の地元に遊びに来ない?」と友人から連絡が来た。

「地元どこだっけ?たしか飛騨って言ってたよね、高山?」
「うん、高山だけど古い町並みとかじゃなくて飛騨国府ってとこ。サイクリングのツアーが始まったらしくて面白そうなの。でも、街にも行こうよ。案内するよ」

 就職を機に地元を離れたという友人は、最近ちょこちょこ飛騨高山に帰っているらしい。高山は、学生の頃に一度旅行に行ったことがある。古い町並みに、飛騨牛に地酒、朝市、ちょっと足を伸ばして合掌造りの白川郷と定番の観光地を周った思い出。地元の人と回ったら、また違う楽しみ方ができるかも。早速休みを合わせて、旅行の計画を立てた。

 日が暮れる前、夕方頃に高山駅に到着。レトロだった駅舎が新しくなっていて驚いた。ホテルに荷物を預けて、友人と合流。「連れていきたいお店があるんだよね」という友人に着いていく。

 20分ほど歩いて、「ここだよ」と案内されたのは川沿いにぽつんと建っている木造の民家だった。料亭か和食屋さん? 木製の引き戸を開けると、ロウソクとランプの明かりで店内は仄暗く、想像していた内装と違ったので思わず立ち止まる。奥に進むと、ガラスのグラスが吊り下げられたバーカウンターが。「バーなんだよここ、隠れ家みたいでしょ」と友人が囁いた。

 メニューはカクテルのみ。せっかくなら、高山の地酒を使ったメニューがいいかなと話していたら、「高山のものだったら、石浦で育ったパッションフルーツのマティーニもありますよ。甘くて飲みやすいです」とマスターに勧められた。高山でパッションフルーツが育つなんて意外だ。ちょうど今が旬らしいのでそれをいただくことにする。

 民家を改装したという店内には、枡や絵馬、壺など古道具があるかと思えば、海外の絵葉書に地球儀、ビロードのソファーに毛皮など、世界中から集めてきたような品々がぎゅっと詰まっている。カクテルを片手に店内を隈なく回るうちに、自分が本当に高山にいるのかわからなくなってきた。

ほろ酔い気分で高山の夜に潜る

 友人に連れられて次の店へ向かう。今度はさっきのバーとうって変わって街中の飲屋街。旅行客から地元客が入り混じって、いろんな言葉が聞こえてくる。屋台風のお店が集まった横丁に着いたので、二軒目は飛騨名物でも食べるのかなと思ったら、「気になってるイタリアンがあるんだよ」と友人がのれんをくぐって店内へ入る。

 高山でイタリアン?屋台のカウンターで?またしても予想と違う展開。メニューを見ると、トマトやナス、ジビエ肉など飛騨産の食材がたくさん使われているらしい。二人でワインのボトルを一本頼んで、メニューもあれこれ頼む。とろとろ茄子のグラタン、しいたけの肉詰め、ジビエのロースト、どれもおいしかったけれど、私と友人のお気に入りは桃とトマトのカプレーゼ。お代わりしてふた皿も食べてしまった。

 隣の席の人に「いい食べっぷりだね、旅行で来たの?」と話しかけられて、そのまま一緒に乾杯する。お姉さんは地元の人で、仕事終わりにこの横丁で一杯飲んで、スイッチを切り替えて家に帰るという。友人が「高山の夜って楽しいですねぇ」と笑うので、「地元じゃん!」と言ったら「いつも夜は実家にいるからさ。はしご酒なんて久々だよ。こんなお店ができてるのも最近知ったしね。いやぁ、楽しいなぁ」としみじみ言われた。たしかに、私も自分の地元の遊びかたって実はそんなに知らないかも。一緒に来られてよかった。楽しい夜が更けていく。

日常と旅が混ざり合う、高山の朝の風景

 高山の朝といえば、宮川朝市。あぁこれこれ!この風景は変わらないな、と思いながらきょろきょろと屋台を物色して歩いていたら、「こっちこっち」と友人がどんどん前に進んでいく。屋台のある通りを抜けて、弥生橋を越えた先に行列ができていた。観光客らしき人から、犬を連れた地元の人が、わくわくした顔で列に並んでいる。

 「数年前にできたパン屋さんでね、帰ってきたらいつもここで朝のパンを買うんだ。食べてみて欲しくて」と友人に説明される。日によっては、オープン直後に売り切れてしまうパンもあるらしく、友人が急いで朝市を抜けてきたわけがわかった。

 「宮川沿いを歩きながら食べよう」と提案され、それぞれパンを選ぶ。私はカンパーニュのクロックムッシュ、友人はスモークサーモンとサワークリームのサンドイッチ。それから、カヌレを一つずつ。どれもおいしそうで悩んでしまった。

 焼きたてだったのか、ほんのり温かいパンをかじりながら朝市に戻る。観光客の人たちで賑わっている。この空気も、旅っぽくて結構好き。ふと宮川の方を見ると、川を眺めながらたこやきと生ビールを並べて朝から一杯やっているおじいさんが。その隣には、観光客らしい女の子たちが二人並んでぶどうをつまんでいる。賑わう通りのすぐ横の川沿いで、ゆったりとした時間が流れているのもなんだかいい。

地元の言葉を話す友人を見て

 コーヒーが飲みたいと言ったら、「だったらおすすめのコーヒー屋さんがあるよ」と言われ、朝市から少し離れたところにある「喫茶 とり珈琲」へ。ドアを開けると、ふわっと珈琲のいい香り。カウンターにいた店員のお姉さんが顔を上げ、「あれっ、帰ってきてたの?」と驚いた顔で友人に声をかけた。

「同級生?」と聞くと、二人は顔を見合わせてから、「通学バスで隣だったんよ」と教えてくれた。

「学校は違うんやけどね」
「ね、おんなじバスでね。ちっちゃい町やから」
「今日はどこ行くの、暑くなりそうやね」
「やねぇ。今から自転車乗らなきゃならんでな」

 仲が良さそうに話す二人の会話を聞いて、そういえば友人の方言を聞くのは初めてだなと新鮮な気持ちになった。地元の言葉を話す時はこんな風なんだ。知らなかった一面を覗けて、少しうれしい。

 水出しのアイスコーヒーを買って、店を出る。そういえば、前に高山に来た頃の私はブラックコーヒーが飲めなくて、朝市の屋台でラテを買って飲んだ。今の私は浅煎りのコーヒーが好き。一度来たことがある、もう知っていると思っていた高山は、まだまだ知らない面がたくさんあった。変わっているところも、変わっていないところも。今の私は、この街でどんな楽しみ方ができるかな。

<今回訪れたスポット>
・結
・でこなる横丁
・alba
・Le Pain Mujo
・宮川朝市
・喫茶 とり珈琲

<Kita Alpe Traverse routeとは……>
 
東西南北の分水嶺である北アルプスによって異なる二つの文化圏を持つ信州松本と飛騨高山。中部山岳国立公園を間に挟み、二つの市街地をつなぐ旅のルートが「Kita Alps Traverse route」です。
日本文化を形成する営みの源となった、木と水、そしてそれを育む山岳の自然環境を五感で感じるとともに、さらに文化圏の違いを東西の「水平移動」と日本でここだけしかない標高差2,400mの「垂直移動」の両方の中に生きる地域の人々との交流を通じて堪能することができます。
信州松本から飛騨高山というコンパクトながらダイナミックな文化と自然が、場所ごと微細に変化していることをゆったりとした時間の中で感じてほしい、それが「Kita Alps Traverse route」の旅です。

連載記事を通じて、「Kita Alps Traverse route」を育む水と森、山と街、自然と人の共生の姿を発信していきます。

​​Photo: 表萌々花
Text: 風音
 


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