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Random Walk

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執筆したショートストーリーをまとめています。
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#ホラー

【掌編小説】十二様

【掌編小説】十二様

 F氏は写真が趣味だったが、久しぶりに会うと「辞めたよ」と暗い顔で言った。

 彼の冬の娯楽は、G県のとある山での野鳥撮影だったという。同好の士のM氏と二人でしばしば山に入り撮影を楽しんでいた。

 ある日のこと、山に入ろうとした二人は地元の老人に声をかけられた。

「あんたら、今日は山に入ってはいけねぇ。今日は十二日だんべぇ。十二様が山の木を数える日だぃね。人が山に這入ったら間違って木にされちま

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獺祭魚

獺祭魚

このところずいぶんと暖かくなってきたけれども、山中にはところどころに残雪が見え、さらさらと流れる渓流の水もまだ冷たさを残しているようだ。滑り止めのある長靴を履いているとはいえ、油断して川にでも転がり落ちてしまえばことだな、と考えながらごろごろとした岩場を渓流に架かった細い吊り橋の上から眺める。

釣りを始めてからずいぶんと経つ。子供が独立して肩の荷が下り、定年退職になってこれで家でゆっくりできると

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虚無の声

虚無の声

目の前に座る老人が言葉を発する。
ぽっかりと空いた虚(うろ)のように大きく口を開け、喉を震わせて空気を振動させた、はずだった。

「――――。」

しかし老人の目の前に座っているにも関わらず、鳥越には発されたはずの言葉は全く聞き取れなかった。
最初は聞き間違いかと思った。老人が発した言葉を、たまたま聞き取ることが出来なかったのだと。

「ええと、すいません先生、いまなんと仰られたのでしょうか?」

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『このアカウントは存在しません』

『このアカウントは存在しません』

『このアカウントは存在しません』

画面に出てきたメッセージを見て俺は思わずほくそ笑んだ。

お、こいつもついにアカウント消したか。
こいつを狙い始めてから確か……2週間か、まあだいぶ持ったほうかな。さて、次は誰を狙おうかな。

俺はスマホの画面をスクロールさせて適当なアカウントを探していく。
俺の趣味は…なんて言えばいいのだろうか、アカウントを削除に追い込むこと。

標的にしたアカウントの何気な

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隙間

隙間

同級生で友人のアキラが行方不明になった。
アキラはある日の放課後、学校を出たまま家に帰ってこなかったのだ。
当初は本人の意思による失踪もしくは誘拐と思われたけど、置き手紙もなく、また誘拐犯からの連絡もなく彼はその日から姿を消した。
神隠し、と噂が立つようになったのも当然かもしれない。

友人の僕の所にも警察が聴取に訪れたけれど、残念ながら彼が姿を消す理由に僕はまったく心当たりはなかった。

彼が姿

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ただいま工事中

ただいま工事中

「うわ、ここもかよ」

ぼやきながらブレーキを踏んで車を停車させる。フロントガラス越しの目の前には工事中の看板が立っていた。とぼけた顔でヘルメットを脱いで頭を下げる人のイラストが描かれているそれを、今日はもう何度見た事だろうか。舌打ちをしながら後ろを確認し、効きの悪いハンドルを回して何度も切り返しながら元来た道へと車の向きを変える。

今日はついてないな。

一人きりの車内をいいことに大声でぼやき

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スコーポフォビア

スコーポフォビア

視線恐怖症なのだ。
昔から、いつも誰かに見られている気がしている。

小さいころに、一人で風呂に入っていて、例えば髪を洗っているときに何かの視線を感じたことはないだろうか。恐る恐る振り向いても当然誰もいない。当たり前だ。狭い風呂場には自分以外に人が入れるような隙間は無いのだから。しかし一度そういう思いを抱いてしまうと目の前の鏡を見るのもなんとなく嫌になって、体の向きを変えて洗髪を続けるのだけど、そ

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みんなゾンビ

みんなゾンビ

※よろしくない表現が若干出てきますので、閲覧ご注意ください。
 特にお食事中など。

ある日目が覚めたらさ、ゾンビになってたんだよ。

……。

え、見た目全然普通じゃんって?
あの、映画でよくあるゾンビみたいになんか目ん玉が白くなって、ラッパーみたいに両手を上げて、あー、とかうー、とか言ってないじゃんって?

そりゃそうだろう。俺だって生活があるんだからさ。
上司に「君、この書類、明日までに仕上

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メトロノーム

メトロノーム

カチ、   カチ、   カチ、   カチ。

僕の目の前で、一定のテンポを取って振り子が揺れている。

カチ、   カチ、   カチ、   カチ。

そのテンポにつられるように僕の視点も左右に揺れる。テンポは1秒に1回のペースで正確に時を刻んでいる。

それは古ぼけたメトロノームだった。

ふらりと訪れたフリーマーケットで売られていたそれは、使い込まれた道具特有の不思議な魅力を放っている。
黒い筐

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マヨヒガ 【ホラー小説】

マヨヒガ 【ホラー小説】

突然の豪雨に見舞われた私たちは、必死になってダム湖に沿って曲がりくねる山道を軽自動車で駆け抜けていた。
左側にはひたひたと大量に水を湛えたダム湖があり、その湖面は雨で流れ出た泥水でまだら模様の焦茶色に染まっている。右側にはごつごつとした岩肌の崖が迫っており、ときおり雨の勢いで折れたと思われる木の枝や小石が転がり落ちてくる。
車一台がやっと通れるくらいの荒れた道を一心不乱に走り続ける。
出来うる限り

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山道のシカ

山道のシカ

がくん、と車体が揺れる音がすると、助手席に座っている新人の卓也がびくりと体をこわばらせた。
配属したての新人は最初は横乗り、つまり補助としてベテランドライバーの車に乗り込んでコツを覚えるのがトラック業界の慣例だ。俺はチッ、と舌打ちをして言ってやる。

「いちいち気にすんな。シカかなんかだよ」

輸送ルートの中でも山中の曲がりくねった道を抜けるこの区間は昔から動物との接触が多い。
特に今日のように夜

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