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ただいま工事中


「うわ、ここもかよ」

ぼやきながらブレーキを踏んで車を停車させる。フロントガラス越しの目の前には工事中の看板が立っていた。とぼけた顔でヘルメットを脱いで頭を下げる人のイラストが描かれているそれを、今日はもう何度見た事だろうか。舌打ちをしながら後ろを確認し、効きの悪いハンドルを回して何度も切り返しながら元来た道へと車の向きを変える。

今日はついてないな。

一人きりの車内をいいことに大声でぼやきながらUターンしてすぐに車を道端に寄せた。今日はいつも営業ルートとして使っている住宅街の裏道が軒並み工事中で通行止めになっていた。ポケットから私物のスマホを取りだして、現在地と目的地を確認する。会社から貸与されているすっかりガタの来た営業車はいちおうカーナビがついているものの、予算をケチって地図の更新が全くされておらずスマホの地図アプリの方が今じゃよっぽど役に立つ。もはや無用の長物だ。最初から付けない方が良かったんじゃないか?

しかしスマホのアプリでも急な工事情報はさすがに出てこない。そのせいでさっきから同じところを何度もぐるぐる回っている気がしている。冷静に考えれば決してそんな事はないのだろうが、こうも何度もルート変更を余儀なくされると、まるで嫌がらせのように俺の行く先々で工事をしているように思えてしまう。

イライラしながら胸ポケットから煙草を取りだし、口に咥えてからダッシュボードにでかでかと貼ってある『禁煙車』のテプラが目に入ってきた。どうせ数年前まではバンバン車内で煙草を吸っていただろうに、今更のように営業車は全て禁煙となってしまった。未だに少し煙草の臭いが残る車内で、イライラをさらに募らせながらも一度咥えた煙草を再び箱に突っ込んだ。
窓の外を見れば厳しい残暑の日差しがアスファルトにぼんやりと逃げ水を作っている。こんな熱いさなかにクーラーの効きも悪いボロ車に乗ってこんなことをしている自分がなんだか馬鹿みたいに思えてくる。

もう今日はサボってパチンコでも行ってやろうかな。
今の状況と比較すれば冷房の効いた中、心おきなく喫煙が楽しめる夢の空間だったが、しかし最近はパチ屋も分煙となっておりここのところイマイチ遊びに行く気力も失っていた。

しっかし、急に工事なんて始めやがって、いったい何の工事をやってるんだ?

俺は運転席に乗ったまま首を伸ばして後ろを向くと、目を眇めて工事の看板の内容を読み取ろうとする。昔は「工事中」とだけ適当に描かれた看板だけが立っていたものだが、いつの頃からか看板には詳細に工事の内容や目的が書かれるようになっていた。よく知らないが、なんか法律でも変わったのかね。そんなことを考えながら眼鏡をちょっとずらして焦点を合わせ、工事の目的が書かれている『~しています』の部分に目を凝らす。

じわっと汗がにじんだのは、車内の生ぬるい暑さのせいだけではないと思う。そこに書かれていたのは『人を埋めています』という文字だった。

……いやまさか、見間違いだよな?
一度前に向きなおって気持ちを落ち着かせてからそう思うものの、心臓の鼓動が早くなっているのが自分でも分かった。
ふとバックミラーを見ると、ずっと停まっている車を不審にでも思ったのだろうか、いや、ただの休憩だと思うが、黄色いヘルメットを目深にかぶり、顔に薄汚れたタオルを巻いてスコップを持った作業者が工事看板の裏からふらりと現れてゆっくりとこちらに向かってくるのが見えた。俯いているからか、そいつの顔はヘルメットの庇が作る影に遮られて良く見えない。

気のせいだ。

そう思いながらも俺は慌ててギアをドライブに入れると、後ろを振り向かずにアクセルを強めに踏んでその場を立ち去った。


ショベルカーも複数台動員した大がかりそうな工事だった割には、翌日同じ場所を通りがかると、前日の工事の痕跡は一部だけが異様に奇麗にならされたアスファルトだけだった。

舗装したてのくせになぜかうっすらとアスファルトの隙間から浮き上がってきている沁みが心底不気味で、俺はいまだにその道を通れずにいる。

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