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『このアカウントは存在しません』
『このアカウントは存在しません』
画面に出てきたメッセージを見て俺は思わずほくそ笑んだ。
お、こいつもついにアカウント消したか。
こいつを狙い始めてから確か……2週間か、まあだいぶ持ったほうかな。さて、次は誰を狙おうかな。
俺はスマホの画面をスクロールさせて適当なアカウントを探していく。
俺の趣味は…なんて言えばいいのだろうか、アカウントを削除に追い込むこと。
標的にしたアカウントの何気ない呟きに対して俺は揚げ足を取り、曲解を加え、重箱の隅をつつくようにして誹謗中傷を加えていく。
とはいえただの言葉では駄目だ。俺にもそれなりのこだわりがあって、そいつの発言と全く関係ないただの罵詈雑言は投げないことにしている。そいつの発言を起点としてそれに対して否定の言葉をあくまで論理的、ロジカルに投げつける。まあ、だいぶ歪んだ論理だとは自分でも分かっているが、しかし反論するには相手も論理を構築しないといけないというのがポイントだ。相手が感情的になればこちらのもの。その点をしつこく指摘してやってどんどんと反論の機会を奪い追い詰めていく。これはそういうゲームなのだ。俺が勝手に設定したゲームだけどな。
時々は運営側に通報されてアカウントが停止を食らうこともあるが、別にそんなの痛くもかゆくもない。適当なメールアドレスを引っ張ってくればアカウントなんてすぐに作れる。無限にメアドを生成してくれるサービスもあるくらいだからそれこそアカウントも無限に作ることが可能だ。すぐに次のアカウントを作成してまた攻撃を繰り返す。
悪いな、俺のストレス発散のターゲットになってもらうわ。標的にしたアカウントの呟きに対して俺はコメントを入れる。
すぐさま俺のコメントにさらにコメントが追加された。
お、反論か?すぐにやりこめてやんよ。
しかし追加されたコメントに書かれていたのは一言「#みてるぞ」のハッシュタグ付きのコメントだけだった。は?なんだこりゃ。嫌がらせのつもりかなんかか?アホらしい。
俺はさらにコメントを付ける事はせずに無視することにした。標的のアカウントの過去の発言を見直して突っ込みやすい発言をしていないかを探すことにしてそいつの発言履歴を追いかけていく。
スクロールを初めてすぐにまたコメントが付いた通知が入る。
「#無視するなよ」と一言だけ書かれたコメントが目に入り、まるで俺の考えを見透かされたような気がしてどきりとするが、慌てて首を振って否定する。
いやいや、気のせいだろ。
するとさらにコメントが付いた。
「#首を振って否定しても無駄だぞ」
……さすがに画面を見たまま固まってしまった。
まるで俺の様子を見られているかのようなコメントで、気味の悪さが背筋を上ってくる。思わず部屋の中を見渡してしまう。殺風景なアパートの一室は、カーテンが閉め切られていて外から見られるはずはない。
またコメントが付く。
「#カーテンを閉めていても見えるんだよ」
……そんなはずはない。どうせ当てずっぽうで適当に書いているだけだ。そう思いはするものの、もしかしてという気持ちが打ち消しきれなくなってくる。
俺はスマホを手に持ったまま部屋の窓の所まで行き、カーテンの隙間から外を伺う。今は夕方で、窓の外は夕日の色で真っ赤に染まった向かいの雑居ビルの壁面が見えるだけだった。
手元のスマホが揺れる。見たくない、という気持ちとは裏腹に俺の手は自動的にスマホを目の前まで持ってくる。
「#外を覗いても無駄だよ」
奇妙な確信が胸の内に広がっていく。誰かに見られているのは確かで。しかしどうやって見ているのか全く検討が付かない。
気持ち悪い。
気味が悪い。
見張られている。
見られている。
どこからだ。
スマホが不気味に振動する。俺が今まで削除に追い込んだはずのアカウントから無数にメッセージが届く。
「#見てるぞ」「#見てるぞ」「#見てるぞ」「#見てるぞ」
やめろ。やめてくれ。見ないでくれ。俺はスマホを操作して自分のアカウントの削除を実行しようとする。
無数に入る通知のせいでまともに操作ができない。
振動し続けるスマホを放り投げて俺はベッドに潜り込み頭から布団をかぶった。それでも通知は俺の頭の中に潜り込んでくる。
「#見てるぞ」「#見ているぞ」「#見られているぞ」嫌だ。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
ぶつん。
なにかが切れる音がした。
メッセージが入る。
『このアカウントは存在しません』
アパートの一室。
ベッドの上には外の夕日よりも赤い染みがじわりと広がっていた。
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