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Random Walk

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執筆したショートストーリーをまとめています。
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#恋愛

恋におちたら

恋におちたら

「ナンパされたい」

唐突に目の前でつぶやかれたその言葉に、私は思わず作業していたパソコンから顔を上げる。いきなりなにいってんの、この子。

「え、どういうこと」

ローテーブルを挟んだ向かいに体育座りしてスマホをいじっているマリコを見ながら私は問いかける。言葉の端々にトゲを含んでいないと言えば嘘になる程度には、きつめの口調になっていたと思う。一緒に暮らして付き合っている相手の前でいきなりそういう

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春霞

春霞

上履きのままで、体育館に足を踏み入れる。
きゅっ、と靴底のゴムと床のワックスがこすれて音を立てる。
紅白の幕に覆われた体育館はいつもと違ってすまし顔だ。

少し浮き立っているような、緊張しているような空気の中で、
卒業式は淡々と進んでいく。

ひび割れたマイクの音、卒業生一人一人の名前を告げる先生の声。

すすり泣く声があちこちから聞こえてきて、
つられた私は目尻に水玉を作る。
こっそりと指先でそ

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揺れるハートに祝福を

揺れるハートに祝福を

今年のバレンタインデーは日曜日になった。
ということは、当日に学校でチョコを渡すわけにはいかないということ。

「土曜日を使って手作りの準備ができるのはいいけど、渡し方に悩むよね」
「そうだねー」

週末の金曜日、学校帰りのマックで友達と作戦会議。
だらだらと関係ないおしゃべりもしながら作戦会議をしたけれど、結局は当日にLINEで相手を呼び出すか、当日に渡すのは諦めて週明けの学校で渡すしかないとい

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素顔のままで

素顔のままで

最初に会社に入ってきた姿を見たときはさすがにびっくりした。
マスクの下で隠れて見えないことを幸いに、私は口をあんぐり開けていたと思う。事務員同士のお昼休みのおしゃべりでもあっという間に話題になっていた。

なんの話かというと新入社員のワタルくんの話。つい先日に私が事務員として勤める運輸会社に荷物の仕分け作業員として入ってきた男の子だ。

なにがびっくりしたかというとそのビジュアルで、真っ青に染めて

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馬も酔わせる恋心

馬も酔わせる恋心

いったいなんて読むんだ?というのが最初の印象だった。

「馬酔木」という名前のその店は、煉瓦造りのクラシックな見た目で大通りの交差点に居並ぶ建物の中でも一際目を引く外観をしている。
街路樹が黄色く染まるこの季節は、より一層雰囲気が増して、店の周囲だけはパリの大通りを思わせた。

その店名は構成している文字自体は難しくないくせに、続きで並ぶと全く読み方が分からない。

あまりにも一点を見つめて難しい

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ほろにがいココアをひとくち

ほろにがいココアをひとくち

台風が日本列島を頻繁に訪れる様になり、季節はすっかり秋の衣を纏っている。街路樹の葉っぱも頭の上から順番に色づいてきていて、ときおりかさかさと茶色の落ち葉が落ち始めているのを見かけるようになった。
そろそろ手袋も必要かな、と自分の手を見ると小さいささくれが出来ていて、見ているうちに私の心もささくれてくるのが分かる。

「……いや、なに浸ってるのよ透子」
「いいじゃない、ちょっと浸るくらいさせてよ」

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素直になれたら

素直になれたら

「古橋さん、新しく入った高校生の子、かわいいっすよね」

バックヤードで品出しをしながら話かけてくる島田を見て、私は眉間に皺を寄せる。

島田は同じ大学の後輩で、たまたまこのコンビニのアルバイトで知り合った。生活スタイルが近いからなのか、シフトが一緒になることが多いので、バイト仲間の中では一番良く話をしていると思う。

私は新しく入ったその子の名前を思い出しながら、先日初めてシフトが一緒になった時

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Our differences

Our differences

「えーと、マンホール」
「ルービックキューブ」
「ブルーギル」
「またル?っていうかブルーギルってなによ」
「なんか魚だった気がする」
「あー、もうダメダメ、おわり!自分でもよく分かんないもの答えるんじゃないわよ」
「最初に暇だからしりとりやろうって言い出したのりっちゃんじゃん」

じりじりと照りつける太陽は容赦なく車内の私たちを焦がし続けていた。
渋滞。それもカーステレオから流れてくる情報による

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不揃いの傘

不揃いの傘

「ちょっと、水がこっちに垂れてきてるんですけど」

私は持っていた傘をちょっと持ちあげて隣を歩く彼に文句を言う。

「なんだよ、しょうがないだろ、わざとやってるんじゃないし」

彼は不満げに反論する。中学に入ったばかりの幼馴染の私たちは並んで登校するのが常だった。今日みたいな雨の日はお互い傘を差して歩いているのだけど、私の方が背が高いから、彼の差す傘から垂れた水がちょうど私の肩にかかる位置に来るの

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Beehive

Beehive

見上げた窓に明かりが灯る。そろそろ時刻は夜の7時。
集合住宅の明かりがぽつぽつと灯っていく様を僕は公園のブランコで缶コーヒーを片手に眺める。明かりの下で誰かの帰りを待っているのだろうか。

ランダムに灯っていく明かりはほとんどが意味のない幾何学模様だけど、ときおり何かの形を描くことがある。目の前の一棟は六角形の模様を描き出していた。

(ハチの巣みたいだな)

そんなことをぼんやりと考える。誰かが

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