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Our differences


「えーと、マンホール」
「ルービックキューブ」
「ブルーギル」
「またル?っていうかブルーギルってなによ」
「なんか魚だった気がする」
「あー、もうダメダメ、おわり!自分でもよく分かんないもの答えるんじゃないわよ」
「最初に暇だからしりとりやろうって言い出したのりっちゃんじゃん」

じりじりと照りつける太陽は容赦なく車内の私たちを焦がし続けていた。
渋滞。それもカーステレオから流れてくる情報によるとここからまだ1時間は続くらしい。

フリーのライターをしている私が、取材を兼ねて同居人のモデル稼業のマリコと一緒に仙台へと旅行に行った帰り道だった。
せっかく二人きりなのだからと自動車で出かけたのだが、これが失敗だった。私の趣味で中古のSUVチックな軽自動車を買ったのだけど、帰り道でエアコンが壊れてしまった。
加えてこの渋滞。窓を開けていても入ってくるのは熱気だけで、社内の温度は上がりに上がり、二人とも汗だくだった。
隣のマリコはさっきからひっきりなしに化粧を直している。

「せっかく直してもすぐに汗で崩れちゃうんじゃないの?」
「そうかもしれないけど、なんていうかお化粧していないと落ち着かないんだよね」
「そういうとこはさすがモデルだけあるよね」
「りっちゃんはわりと男っぽいよね。こーいう車を乗り回しているところとかさ」

男っぽいかー…。確かにマリコと比べれば男性のような点があるのは否めない。お化粧も苦手だし、今だってもともと薄いメイクだし運転しているのもあるけど、崩れるに任せてしまっている。

とはいえ私だってれっきとした女性だ。
仕事で付き合いのあるのは中年男性ばかりだが、とてもじゃないけどああはなりたくないと思う。
もしかして普段からそういう人たちに囲まれているから、自然と似てきてしまっているのだろうか。
ちょっと想像しただけで背筋に悪寒が走った。恐ろしい。

一向に動かない前の車を見ながらハンドルに顎を持たせかけ、ちらりとマリコを見やる。

すらっとした手足、小さな顔。ぷっくりとした唇に、アーモンド型の目。
飛びぬけての美女とは言えないかもしれないが、そこらの女の子より段違いにかわいいと思う。

何が彼女と私の違いなのだろう。ホルモンバランス?

「あー、私もマリコみたいな見た目だったらなー」

思わずつぶやいた。するとマリコが意外なほどに強い調子で反応してきた。

「え、それはヤだな」

私はきょとんとして聞き返す。

「なんで?マリコだって私がマリコみたいに奇麗だったら嬉しいんじゃないの?」

マリコは化粧を直す手を止めて、んー、と考え込む。

「なんか違うんだよね。りっちゃんは、まるごとりっちゃんだからいいんだよ」
「んん?よく分からないんだけど」
「あー、うまく言えないなぁ。…えーと例えばね、りっちゃんは、私がりっちゃんみたいだったらいいと思う?」

言われて考えてみる。マリコが私みたいだったら。
いつものほほんとしているけど、モデルの仕事をやっているときはそれが嘘みたいにシャキッとして私から見ても格好いいと思えるマリコ。
対して私はいつも締め切りまでひいひい言いながら必死の形相で仕事をしている。

仕事が全く違うから、なんとも言えないところはあるけど、マリコが私みたいに仕事していたら、それはちょっと嫌だなぁ。
のほほんとしているところは、たまにイラついちゃうときもあるけど、そういうところに救われることもある。

「あー。なんとなくわかった気がする。お互いに対照的なところがあるからいいのかもしれないね」
「そう。そんな感じ。そうやって私の言いたいことを言葉にしてくれるのもりっちゃんの良いところなんだよ」
「そっか。私はけっこうマリコの考え方に納得することが多いよ。そうか役割分担か」

なるほどそうかも。ちょっと違う私たちだからこそ一緒にいられるってこともあるのだろう。

「あ、渋滞動き出したよ」
「お、ようやくかー。こりゃ家までどれだけかかるかな」
「あんまり遅くなったら、どっかでもう一泊くらい泊まってこうよ」
「あー、それもいいかもね」

このあたり、スケジュールが割と自由になるのが私たちの良いところだ。

こういうところは二人とも同じ考え方なので、とてもやりやすい。
どうなんだろう。男女のカップルでもこうなんだろうか。


違うとこと、同じとこ。

両方あるからこそ、いいのかもしれない。

「それじゃあ、もうひと踏ん張り、運転頑張りますか」

私は気合を入れなおして、アクセルを踏み込んだ。


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