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<連載小説>昨日のような、明日を生きよう

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連載小説のまとめです。 1話あたり2、3分で読めるようになってます。 ほのぼの家族の代わり映えしない日常の、ほんの少しずつの変化を描いていきます。
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<連載小説>昨日のような、明日を生きよう<27>

<連載小説>昨日のような、明日を生きよう<27>

綾と初めての友達-小さな勇気
「何やってるの?」
 声をかけてきたのは、横田優吾だった。あの、入園式の時にトイレと叫んだ子だ。
 綾は一瞬顔を上げて彼の顔を見たが、すぐに視線を落としてしまった。
 その様子を見て、優吾がさらに声をかけてくる。
「遊ばないの?」
 首を傾げながら下から綾の顔を覗いてきた。それに抗うように、綾は視線を逸らす。
「なんで何もしゃべらないの? 痛いの?」
 なおも話しかけ

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<連載小説>昨日のような、明日を生きよう<26>

<連載小説>昨日のような、明日を生きよう<26>

綾と初めての友達-近付けない綾 入園から二週間、綾は少しだけ疎外感を感じていた。
 家では目を合わせれば父とも母とも会話が始められた。まだ言葉を話せない晴太でも、目で笑い合えばじゃれ合うきっかけになった。
 でも、幼稚園では言葉をきっかけにしなければ遊びに誘うこともできなかったのだ。
 今日も綾は一人、うつむいている。
「さあみんな、指遊びやるよー」
 友美先生がみんなの注目を集める。ちょっとだけ

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<連載小説>昨日のような、明日を生きよう<25>

<連載小説>昨日のような、明日を生きよう<25>

晴太の友達 綾を幼稚園に送った後、宮子と晴太は近くの公園で遊ぶことが多い。
 天気も良いし、気温も心地よい。四月の陽気はそのまま家に向かわせない何かがあった。
「晴太、前見て、まえ」
 駆けながら後ろを振り返った晴太に、宮子は声をかけた。その瞬間に、晴太は転んだ。
「あー、ほらー」
 宮子が走る。晴太はガバッと起き上がり、地面に座り込んだ。手を見て、膝を見て、少し血が滲んでいることを確認してから目

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<連載小説>昨日のような、明日を生きよう<24>

<連載小説>昨日のような、明日を生きよう<24>

逃げることを我慢しない『幼稚園はとっても楽しくって』
 綾はそう考えていた。
『でも』
 しかしそうも考える。
『チチやハハと一緒にいれないのは寂しいな』
 今日もハハと手をつなぎながら幼稚園への道を歩む。
「今日は何して遊ぶの?」
 宮子が綾に問いかける。
「んーとね、優吾くんと滑り台」
 答える綾はにこやかだ。しかし、手には力がこもった。
 離れたくない、と体の芯からムズムズとしたものがあふれ

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<連載小説>昨日のような、明日を生きよう<23>

<連載小説>昨日のような、明日を生きよう<23>

第三章 綾 入園式 暖かい空気に、綾は大きなあくびを一つ、した。
「眠い?」
 問いかける母に、綾は首を振って返事をする。
「んーん、大丈夫」
 お気に入りの黄色い登園帽に、紺色の制服、新品の一張羅がほのかに香り、誇らしい。
 春の街路は色とりどりだ。桜のピンク、空の青、子供たちの黄色い声、それらが綾の心を浮き立たせていた。
「チチ、ハハ、早くいこーよ」
 綾は両手を引っ張る。そこには大好きな父親

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<連載小説>昨日のような、明日を生きよう<22>

<連載小説>昨日のような、明日を生きよう<22>

閑話 僕と宮子が出会って、付き合い始めて13年が経ったんだな。
 結婚からは6年。綾が生まれてからは2年半。
 そして、晴太が今年生まれた。
 来年には綾も幼稚園に入る。
 夏には綾のおむつが取れた。順調順調。
 宮子はまだパートの再開はしなくていいか、と言っている。綾が幼稚園に入園してから再開するのだそうだ。
 僕はまだ育児休暇を終えて、在宅勤務と出勤を半々くらいで過ごしている。
 近くに住む父

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<連載小説>昨日のような、明日を生きよう<21>

<連載小説>昨日のような、明日を生きよう<21>

猫についていく 公園からの帰りに、猫を見つけた。
「あ、にゃあだ」
 綾は猫のことを「にゃあ」と呼ぶ。慌てて近づいても逃げられることを知っている彼女は、猫を刺激しないようにそっと近づいていく。なるべく視線を下げるようにして、屈んで、よちよちと歩き、声を出さないで。
 猫は敵意が無いことを分かっているのか、それともただ人懐こいだけなのか、綾が近づいても逃げることなく待っていた。
「にゃー」
 猫が鳴

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<連載小説>昨日のような、明日を生きよう<20>

<連載小説>昨日のような、明日を生きよう<20>

晴太のほっぺ 綾は暇さえあれば、晴太のほっぺたを突いている。
 とても気持ちがいいそうだ。
 そんなに力いっぱい、ではなく、優しく沈み込んでいく綾の指。
 晴太はそれを疎ましく思っているのか、面白く思っているのか、わずかに身じろぎする。
 僕と宮子はその様子を後ろから眺めていた。
 宮子がそっと綾と反対側に寝そべる。
 そして、綾とタイミングを合わせてほっぺたを突いた。
「う~、う~あ~~~」
 

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<連載小説>昨日のような、明日を生きよう<19>

<連載小説>昨日のような、明日を生きよう<19>

再び、日常 宮子も晴太も家に戻ってきた。
 ベビーベッドは綾のおさがり、おくるみとかは新調、哺乳瓶は使い回しだけど、乳首は買い直した。サイズ小さいのとか無かったからね。
 おむつも新生児用は買わないとだし、布団も綾がまだ小さいのを使っているから新しく買い足した。
 あ、おむつは早速おむつケーキ送ってくれた友人がいたので非常に助かりました。
 そんな感じで数日は準備や足りないものを揃えるのに忙しく、

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<連載小説>昨日のような、明日を生きよう<18>

<連載小説>昨日のような、明日を生きよう<18>

名前を呼ぶ「あかちゃん、かーいーね」
 綾はずっと眺めている。ほっぺたを突いてみたり、手足を触ってみたり、キスしてみたり。まるでペット扱いではあるけど、これはこれで可愛い。
「綾、赤ちゃんの名前は晴太くんだよ」
「せーた、くん?」
「そう、天気が晴れるに太いで晴太。晴れ晴れと図太く生きて欲しい、と思ってね」
 綾に由来を説明してみると、首を傾げた。まだ漢字の概念が無いもんな。
「決めたんだね、そっ

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<連載小説>昨日のような、明日を生きよう<17>

<連載小説>昨日のような、明日を生きよう<17>

おねえちゃん 分娩室に入った僕たちは、中の雰囲気に飲まれてしまった。
「はい、もう少し頑張って」
「ふんっーーー」
 もうすでにお産が始まっていたのだ。
 苦しそうに呻く宮子を見て、綾が慌てだした。
「ハハ、ハハ、だいじょーぶ?」
 僕があっけに取られている内に駆け出す綾、分娩台の傍に行き、何かを踏んだ。
「あーーーー!」
 思わず叫んだ僕に、医師たちが非難の目を向ける。
 同時に、分娩台が下がり

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<連載小説>昨日のような、明日を生きよう<16>

<連載小説>昨日のような、明日を生きよう<16>

産院での出来事 産院についた宮子は、いったん診察のために移動した。
 僕たちは待合室で待っている。なんとなく落ち着かない。綾は特にそうで、さっきからウロウロしている。
「綾、座りなさい」
「んー、ハハ、だいじょーぶかな」
「心配せんでもよか。綾の時も、ハハは頑張ったと」
「がんばったと?」
 たまに、綾は福岡弁が理解できずに聞き返す。
「ハハは頑張ってるから、大丈夫だよ、ってことだよ。綾の時も大丈

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<連載小説>昨日のような、明日を生きよう<15>

<連載小説>昨日のような、明日を生きよう<15>

長い一日の始まり そして、長い一日が始まった。

 その日は休日で、僕は予定日を迎えた宮子をいつでも搬送できるように、準備を整えていた。
 宮子も今日ばかりは安静にしていて、ソファに横になってテレビを見ている。
 綾はそのソファの下で宮子と一緒にテレビを見ていた。
「ハハ、ねこさんかーいーね」
「癒されるよねえ」
 ストーリーものだと続きが気になっちゃうから、と録画していた動物番組を視聴中だ。今は

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<連載小説>昨日のような、明日を生きよう<14>

<連載小説>昨日のような、明日を生きよう<14>

綾の冒険 目の前をアリが通り過ぎていく。
 綾はそれを不思議そうに眺めていた。
 なんでこんなに小さいものがいるんだろう?
 昨日よりも、一昨日よりも、世界は不思議に満ちていた。
 一昨日は咲き誇るピンクの花を見た。それはハラハラと樹上から舞い落ちてきて、綾の鼻先に止まった。
 昨日は大声で叫んでいる人を見た。何を言っているのか綾には分からなかったが、何かに怒っているのだけは分かった。なぜ、そんな

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