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<連載小説>昨日のような、明日を生きよう<17>

おねえちゃん

 分娩室に入った僕たちは、中の雰囲気に飲まれてしまった。
「はい、もう少し頑張って」
「ふんっーーー」
 もうすでにお産が始まっていたのだ。
 苦しそうに呻く宮子を見て、綾が慌てだした。
「ハハ、ハハ、だいじょーぶ?」
 僕があっけに取られている内に駆け出す綾、分娩台の傍に行き、何かを踏んだ。
「あーーーー!」
 思わず叫んだ僕に、医師たちが非難の目を向ける。
 同時に、分娩台が下がりだす。
「あーーーー」
 別の意味で宮子が叫ぶ。僕は慌てて綾を抱きかかえた。
「すいませんすいません!」
「お父さん、しっかり見ててください! 遊びじゃないんですよ!」
 二回連続で怒られた。綾も怒られたと思ったのかシュンとしている。が、僕には綾をなだめるだけの余裕が無かった。
「さ、さあ、綾。こっち、こっちに来て」
 半ば引っ張るようにして綾を昇降ボタンのない方に誘導し、宮子の手を握らせる。
「ふふ、綾はチチそっくりね」
 誉め言葉だと思ったのか、綾が「えへへ」と照れた。
「落ち着いた? じゃあ太田さん続き行きますよ!」
 その声に我に戻った僕はビデオを構えた。
「宮子、頑張って!」
「ハハ、がんばって!」
 呻きながら微かに笑みを見せる。本当に強い人だ。
 何度かいきんでいると、医師が明るい声を出した。
「さあ、頭が出てきましたよ。もう一息!」
『んんんーーーーー!』
 必要ないんだけど、僕も綾も一緒にいきんだ。
 家族が一つになった気がした。
 看護師さんはちょっと笑ってたけど。
「おぎゃあああぎゃあああ」
 泣き声が聞こえる。頼りないけど、力強い、ちょっと張りのある声。
 なんか心に沁みる、優しい声だ。
「はい、産まれましたよ」
 赤ちゃんが見える。医師から看護師さん、そして宮子の胸元に届けられた。
「かーいー!」
 一番に叫んだのは綾だった。
 宮子が赤ちゃんを見て笑みを見せる。
 僕はビデオをズームにしてじっくりとその姿を収めた。
「本当、可愛いね」
「うん、可愛い可愛い」
 宮子と僕が続く。赤ちゃんはすぐに看護師さんに抱きかかえられ、へその緒を切るために台に乗せられた。
 それらの様子も撮影し、綾にも見せる。彼女はおっかなびっくり覗いていた。
 綾の時は撮れなかったもんなあ。
 撮っておけばよかった、とひしひしと感じる。
 写真はあるんだけどね。
 やがて僕と綾は分娩室を出され、待機状態となった。
 外にはお義父さんお義母さんが待っていて、中の様子を聞きたがったので、撮ったばかりのビデオの上映会を行う。
 誰もが笑顔だった。
 産まれてくるだけで、そこにいるだけで人を笑顔にする。
 赤ちゃんってすごいなー。

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