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<連載小説>昨日のような、明日を生きよう<16>

産院での出来事

 産院についた宮子は、いったん診察のために移動した。
 僕たちは待合室で待っている。なんとなく落ち着かない。綾は特にそうで、さっきからウロウロしている。
「綾、座りなさい」
「んー、ハハ、だいじょーぶかな」
「心配せんでもよか。綾の時も、ハハは頑張ったと」
「がんばったと?」
 たまに、綾は福岡弁が理解できずに聞き返す。
「ハハは頑張ってるから、大丈夫だよ、ってことだよ。綾の時も大丈夫だったんだから」
 僕が翻訳すると、綾は真剣な表情で「うん」とうなずいた。

 しばらくすると、分娩待機室に通される。
 そこにはすでに宮子がベッドに寝ていて、顔をしかめつつ笑顔で手を振った。
「やあ」
「どうだった?」
 宮子に聞くと、笑顔の割合が大きくなる。
「うん、順調に陣痛間隔短くなってる。今回は早いかもって」
「ハハー、イタイイタイする?」
 そういって、綾が宮子の傍に駆け寄る。そして、背中に手を当てて慰めようとしていた。
「んー、綾、ありがとう。じゃあここの腰のところをトントンってしてくれるかな?」
「うんっ、あや、がんばる」
 両手をグッと握りしめて、宮子の腰を叩き始めた。
「あー、効く効く。きもちいいよー、綾」
「ほんとう? よかったー」
 二人を眺めつつ、僕は宮子に問いかける。
「他に何かして欲しいことはある?」
 その問いに、宮子はニヤリと口をゆがめて、
「ビデオと写真を忘れずに」
 とのたまった。綾の時にテンパってすっかり忘れてしまっていたのをからかっているのだ。
「も、もちろん分かってるさ。ばっちり、ばっちり……ちょっと荷物を確認してくる」
 確か用意してたはず……なんだけどやはりテンパってしまってて覚えてない。バッグを開いてみるとビデオが入っていた。電池の残量とハードディスクの容量を今更ながら確認する。大丈夫、偉いぞ過去の僕。
 そんな感じで心の準備や撮影の準備をする。分娩待機室でも宮子や綾の様子を撮影しておく。実際に何時間かかるかは分からないので少しだけ。
 綾は結構すぐに疲れて腰を叩くのを止めてしまった。代わりに僕が宮子の腰を押さえたりして痛みの分散に協力する。
「ん~、もう二分間隔くらいかなあ」
「そうだね。看護師さん呼んでくる?」
「いーよ、そろそろ来る頃だと思うから」
 そう言った途端に、看護師さんが部屋に入ってきた。
「どうですか?」
「いま、二分くらいの感覚で、三十秒くらい続いてます」
「あらそうなの。ちょっと先生に相談してきますね」
 部屋を出ていき、そしてすぐに戻ってきた。
「じゃあ太田さん、そろそろ分娩室に行きましょうか。旦那さんたちはここで呼ばれるまでお待ちください」
 僕も手伝いながら、宮子は車椅子で運ばれていった。
「あかちゃん、でてくるの?」
「もうすぐなんだって。ドキドキするね」
「勇希、お前がしっかりせんとドキドキしてどうするとか」
 お義父さんから叱咤される。そう言っているお父さんの膝がガックガク震えているのは見えてないふりしておこう。
 五分経っただろうか?
「立ち合いの方はこちらにどうぞ」
 呼ばれた。
「はいっ」
 ビデオを忘れずに持って立ち上がる。その袖を綾が引いた。
「あやもいくっ」
「え? で、でも」
「大丈夫ですよ。お父さんがしっかり見ててくださいね」
 そういって許可してくれるがその肝心のお父さんが信用ならないのだけど……。
 ともかく、僕と綾は分娩室に向かったのだった。

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