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<連載小説>昨日のような、明日を生きよう<15>

長い一日の始まり

 そして、長い一日が始まった。

 その日は休日で、僕は予定日を迎えた宮子をいつでも搬送できるように、準備を整えていた。
 宮子も今日ばかりは安静にしていて、ソファに横になってテレビを見ている。
 綾はそのソファの下で宮子と一緒にテレビを見ていた。
「ハハ、ねこさんかーいーね」
「癒されるよねえ」
 ストーリーものだと続きが気になっちゃうから、と録画していた動物番組を視聴中だ。今は子猫が母猫を求めてよちよち歩いている場面だ。にゃあにゃあ鳴いていて非常に可愛い。
 いつでも出られるようにマタニティタクシーの番号を電話帳アプリに登録しておく。すでにマタニティタクシーには登録済みなので、呼び出せばすぐに来てくれるはずだ。
 以前宮子と話していた通り、宮子の実家である古賀の両親もいるので、綾の面倒も見てくれる。準備は万端だと言えるだろう。
 昼食は軽く取り、昼も遅くなってくると緊張感は薄れてくる。
「ふぁ~~あ」
 大きなあくびをした僕に、宮子が笑いかける。
「眠くなった? 今日は朝から気を張り詰めてたもんね」
「こっからが勝負たい。しっかりせんと」
 お義父さんの叱咤激励が飛ぶ。
「そうたいたい!」
 綾が真似をして僕に向かって拳を振り上げた。その様子を見てお義母さんが笑っている。
 とてものんびりした雰囲気だった。もしかして、今日は陣痛ないのかな、と気を緩めたその時だった。
「んッ」
「宮子?」
 突然宮子が声を上げて苦しそうにした。
「あ、お腹痛いかも」
「えっ、ホント!? じゃあすぐ病院に!」
 慌ててタクシーに電話しようとする僕に、お義母さんが声をかけた。
「そげん慌てんと。まずは間隔ば計らんね」
「勇希くん、お母さんの言う通り。今が最初だから、どのくらいの感覚で陣痛が来るかを確認しなくちゃ」
 すでに宮子はスマホのストップウォッチで時間を計っていた。
 しばらく静かな時間が流れる。綾は宮子を心配して、背中をさすってくれていた。
「ハハ、だいじょうぶ?」
「ありがとう、すごく楽だよ。綾は優しいね」
「えへへ」
 最初は十分程度、それから段々と短くなってきているのが確認できた。
 その段階まで来て、宮子は自分で産院に電話をかけた。会話に聞き耳を立てるが、内容は聞こえない。
 スマホから耳を話してすぐに、「どうだった?」と聞いた。
「うん、気を付けていらっしゃい、って言われた」
「そっか、じゃあ持って行くものを確認しようか」
 その頃には僕も落ち着いて準備できるようになっていた。とはいっても、すでに準備自体はできていて、お義母さんがそれを確認している間にマタニティタクシーを呼ぶ、それだけだ。
「あやもいきたい」
 自分だけ置いて行かれると思ったのか慌てて綾が声を上げる。
「心配せんでもよかよ。綾も一緒に行こう」
 お義父さん、綾にとってはお爺ちゃんに抱っこされて、綾は満足げだった。

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