17歳の頃、なにしてました?

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ノート

第3回 哲学と生活を近づけるひと

哲学の始まりは野球部?

小学1年生の頃から野球やってたんですけど、僕うまくなくて、下手で、全然活躍できなかったんですよ。だけど、自分の父親がそのチームの監督をやっていて…。僕が活躍しないと朝でも昼でも夜でも関係なく、練習に連れまわされたんですね。

それが嫌で、本当に嫌だったので、よく寝たふりしてたんです(笑)。父親が練習に連れて行くぞって瞬間が分かると、その時に寝たふりをして避けるっていう方法

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第2話 哲学と生活を近づけるひと

哲学と恋愛

高校時代の話からしますね。もともと僕は一つのことにしか集中できないタイプなので、当時、彼女できたんですけど野球部を頑張りたい気持ちが強くて「ごめん野球集中したいから」って、結局別れちゃって。「なんで別れるの?」って周りからもめっちゃ言われました。「お前ごときがあの彼女を振るのか!」って。

僕は「彼女とたくさんの時間を共有してあげないといけない」っていう、恋愛のステレオタイプみたいな

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第1話 哲学と生活を近づけるひと

みなさん、「哲学」と聞いてなにをイメージしますか?
ソクラテスみたいなはるか昔の学者を思い浮かべる人もいれば、今ではもうすこし広く使われている単語でもあります。試しにamazonで「哲学」と検索すると「生き方の哲学」「死の哲学」「経済の哲学」に「植物の哲学」まで。

なんだか、人によってイメージが違いそう。今回はそんな一見すると難しい「哲学」を仕事にするNPO法人こども哲学・おとな哲学 アーダコー

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兼松さん17歳②:青春は早い方がいい。ミネソタ留学で得た自分らしさを応援し合える仲間。

こちらの記事は、兼松佳宏さん(勉強家/京都精華大学人文学部特任講師)へのインタビューの第二話になります。(第一話「とにかく秋田を出たかった」はこちら。)

高校生の頃からファッションに興味を持つようになったり、ビジュアル系バンドの真似をしたりと、カルチャーが大好きだった兼松さん。しかしその一方で、受験勉強にも力を入れギャップを大事にしていたそう。

趣味も勉強も両立していて充実した高校生活に見え

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第2回 都電で、女性運転手になりたくて

都電は夢のチャレンジだった

電車っていうよりも都電が好きで。この景色を毎日見たいという一心で採用試験を受けました。

都電は、私にとって夢のチャレンジなんです。都電に出会う前までの人生プランは、何事もなく平凡に多数派の人たちと同じ生活ができればいいかなって思っていたから、進学校に行って、大学に行って、一般企業を受けて…って思ってました。

でも都電は私の中で、別枠なんです。受かんなくても当然だと

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第1回 都電で、女性運転手になりたくて

大学からの帰り道、課題のことばかり考えていた私は気分転換がしたいと思い、本屋さんに立ち寄った。そこで1冊の雑誌と出会った。

その雑誌は様々な形で鉄道に関わる女性を特集していた。その中でも私が普段遊びに行くときに使っている路面電車に、女性の運転手さんがいることを知った。

電車の運転手さんといえば、まだまだ男社会のイメージ。
なぜそんな仕事に就こうと思ったのか、どこにきっかけがあったのか、どんな勉

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兼松さん17歳①:とにかく秋田を出たかった

おしゃべりが好き。自分のことを話すのも、相手の話を聞くのも好き。人と違うことをするのが好き。空海が好き。今は京都に住んでいる。兼松佳宏さんは、僕がインターンしているNPO法人グリーンズのWEBマガジン「greenz.jp」の元編集長でもある。

僕はgreenz.jp元編集長としての兼松さんは知っているが、それ以外の兼松さんのことはいっさい知らない。ワークショップやイベントでは、これでもかという程

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たーちゃんと陶芸 2

祖母はマンションの8階で陶芸をしていることを当たり前のように話す。そして私もそれが普通の光景となっていた。

部屋には電動ろくろや焼く前の器が並べられ、棚に乗りきらないほどの器、倉庫には粘土と釉薬がたくさん眠っている。

家のチャイムが鳴ると、重そうな顔をして粘土を持ってきてくれる宅急便屋さんが立っているのは日常茶飯事だ。

「みんながマンションで陶芸やってるのを面白いって言ってくれてるんよ」「

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たーちゃんと陶芸 1

72歳になる祖母は、おばあちゃんと呼ばれることを嫌う。
なので、家では「たーちゃん」と呼んでいる。小さな頃から忙しい母の代わりに世話をしてくれた。
私は祖母に陶芸を習い、一緒に器を作ったりもした。今でも2人でお出かけをするほど仲が良い。

空 タケコさんは1946年広島県生まれ。2000年に広島県から福岡県に移住。主婦業の傍ら、マンションの一室で未空来(みそら)工房を開き、27年間陶芸作品を

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