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季語哀楽

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季語をテーマにした投稿まとめ。 365日が目標。
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#小説

花筵

研究室の仲間と花見に来ていた。新歓も兼ねた、お酒も飲めるやつ。
桜は既にもう散り始めていて。ピンクの地面に敷いたシート。僕の隣には二つ下のあの子が座っていた。
初めて配属されてきた時から、可愛いなと思っていたあの子。

どうやら彼女はあまりお酒が強くないらしい。ほろよいの缶酎ハイも空け切らないまま、頬は赤みを帯び、心なしかいつもよりにこにこと笑っていた。僕の方も、久しぶりの楽しいお酒の席に、かなり

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蝶の昼

蝶の昼

今日は、外にも出ずゆったりと家で過ごした。
洗濯機を回したり、食事のためのご飯を作ったり、溜まっている本を読んで、眠くなったら昼寝する。良い休日だ。

日常は他人とのしがらみが多すぎる。
意志の弱い私は、大して行きたくもない誘いを断り切れず、自分の時間を切り売りしては、理由を付けて何とかそれに意味を見出そうする。どこかしらエンターテイナー気質な私としては、フットワークの軽さが売りではあるのだが、人

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蒲公英

蒲公英

「綿毛をせーので吹き飛ばしてさ、
どっちが遠くまで飛ばせるか勝負しよう?
で今度、芽吹いたたんぽぽを探しに来て答え合わせしようよ」

そんなの、どっちが飛ばした種か見分けられないし、ましてや、僕たちが吹いた分じゃないかもしれないし。

「じゃあ君は白いたんぽぽにして、
……勝敗は、花占いにする?」

もはや勝負ですらないじゃないか、と言おうとして思い留まる。これは理屈じゃないのだ。

せーの。

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残雪

残雪

雪は、自己犠牲の化身だと思っている。
そんなことを考えているのは私だけだろうか?

路面でもどこでも、前身が一生懸命体を張ったおかげで、やっと積もることが出来る。山などに溶け残った雪の形で、その年の作柄やら種まきのタイミングやらを占う処もあるらしいが、雪の方にしてみれば、生まれ落ちる先がどこか、は、「雪」としての生死を賭けた大博打なわけで。

道端に辛うじてうずくまる残雪を見やる。
排気ガスと辺り

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揚雲雀

揚雲雀

シンプルに引かれた線ほど、美しいものはない。

美大予備校に通っていた頃の記憶は、年月を経ても、未だに鋭敏な感覚として身体に残っている。

ぴんと水張りされたケント紙と糊の匂い。
デッサン特有のカッターで抉り取られた鉛筆の切先。
塗り込められた画用紙の、ざらつきに微かに残る白。

モチーフにかざすデスケルの枠に囚われて、
目の前のキャンバスに向かうふりをして、
悶々と自分と対峙していたあの頃。

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余寒

余寒

「余寒」はあまり聞き慣れない言葉だが、対義語が「残暑」と言われれば分かりやすい。未だ寒い冬が残っている、そんな若干の恨めしさが込められている。

しかし私にとって、冬といえば毎シーズン、スキーと温泉旅行を楽しむのが常だった。寒さなんて問題ではない。むしろ、大歓迎である。
ところが今年と来たら、このご時世でどこにも遠出が出来ないもので。

今年の冬は、どうにも割り切れない。
なんだか余る予感がする。

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猫の恋

猫の恋。”恋に憂き身をやつす猫のこと”

発情期の雄は相手を求めて、食事も取らずに何日も彷徨い歩く。時には雌をめぐって大勢が激しく喧嘩したりする様は、

さながら、にゃんこ大戦争。

そんな洒落が頭に浮かび苦笑した。
しかし、去勢前の悲痛な夜鳴きを思い出す。
彼らにとっては死活問題なのだろうから、きっと茶化してはいけない。

噂によれば、このコロナ禍で外にも出れないからとペットを飼う人が増えたらし

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冴返る

冴返る

旅立ちの朝。吐く息は真っ白だ。
ここしばらくで多少緩んだと思っていた寒気が、今日は思い出したかの如く調子を取り戻していた。

凛とした空気が肌を刺す。

カッターで引いたような真っ直ぐな鋭い線。それがすっと自らに走り、ここから新しい自分が生まれる予感がし、一方で、気を抜けば裂け目からずるりと溢れ出るのは不安かも知れなかった。

靴ひもをぎゅっと結び直す。
地面にはきらきらと霜が光っていた。

こう

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春驟雨

春驟雨

「春驟雨(はるしゅうう)」
窓際で小説を読みながら、本に出てきた単語の響きが心地よくて、私は何度か小さく口にする。

春驟雨、春驟雨。

軽やかに窓を叩く雨音に混じって、夕暮れにきらりと光が爆ぜた。

人が何かに出会うときも、雷に打たれる、なんて表現をするっけ。
頁をめくる手に、俄かに力が入る。

雨に濡れた草木が柔らかに匂い立っていた。

春雷を待つ。

春驟雨(はるしゅうう)

蕗の薹

蕗の薹

蕗の薹。
早春、周囲を葉に包まれて顔を出す、淡緑と萌黄色のつぼみたち。

大学時代、あなたの恋人になってから、
車を買うとき、就職先を決めるとき、自身のアパートを契約するとき、そんな人生の決断をする度に、私は無意識になるべく身軽でいようとしていた。
あなたが呼んだら、いつでもついていけるように。

これまでの一つ一つの思い出が玉のように連なり、身を寄せ合っては私を形作っていた。

あなたに恋い焦が

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鶯

山手線でお馴染みの地名「鶯谷」の由来を、先日テレビが紹介しているのを見た。ある寺の住職が、江戸の鶯は訛っているとして、京都よりはるばる鶯を運ばせ大量に放したかららしい。
まさか、と思ったが、実際鶯は模倣性が強いらしく、その鳴き声は本州から遠く離れた島々では多少違うのだとか。

まあ、他所様のことを棚に上げて、私たちの耳の方も中々にいい加減だと思うけどね。

良く晴れた午後、街の喧騒をBGMに当ても

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初午

初午

2X21年、日本に地球外生命体が飛来して久しい。
すらりとした体躯に、狐のように釣りあがった細い両眼。突然やってきた彼らは、高い知能と未知の奇術を有していた。
地域の適度な監視拠点として、彼らは各地の神社をサーバーとして陣取り、そこから雲(クラウド)へ接続している。彼らがこの国を統治して以来、僕たち日本人は下等生物として、馬車馬の如く働かされていた。

ハツウマの日。
僕たちは、儀式の様に神社へ向

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紅梅

紅梅

梅と言えば、もともと野梅の白梅を指していた。
しかし色味や開花時期も異なることから、後に季語として独立したのが紅梅である。
万葉集の時代は「白梅」が、平安時代には「紅梅」が、時代の移り変わりとともに好まれ、その姿は数多くの歌人を魅了してきた。
また、梅は開花が早いことから「花の兄」とも呼ばれるそうだ。

そんな僕の説明を聞いて、

「へぇ、じゃあ、まさしくシロがお兄さんで、ベニは妹やね。」

した

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白梅

白梅

梅には、数多くの異名がある。
早春、ほかの花に先駆けて咲くことから、
「春告草(はるつげぐさ)」
そのかぐわしい香りからは、
「風散見草(かざみぐさ)」「香栄草(こうばえぐさ)」等々。

その気品のある姿は古くから愛され、清らかな香気は桜にも勝る。

通勤の道すがら、梅木が塀を超えてこちらまで覗いている家がある。
その梢には今年も、美しい花が咲き始めていた。

口元のマスクを少しずらして顔を寄せる

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