Whispers of Life

フリーランス英日翻訳家。仕事とはほぼ無関係に、日常を愛し、日常の中の非日常も愛する、た…

Whispers of Life

フリーランス英日翻訳家。仕事とはほぼ無関係に、日常を愛し、日常の中の非日常も愛する、ただそれだけの文章を書きます。ピアノ弾きでもあります。愛する音楽はジャンルレス、愛するミュージシャンベスト5はBeatles、荒井(松任谷)由実、松岡直也、ソニー・ロリンズ、トミー・フラナガン。

記事一覧

ある老夫婦と

あるターミナル駅で、ある日僕は、末娘と2人でバスを待っていた。 ベンチに腰掛けてあれこれ話していると、明らかに人生の大先輩とおぼしきご夫婦がやって来た。 ベンチに…

Whispers of Life
3時間前
2

Melodies of Nishiogikubo

薄ぼんやりとした、形容しがたい淡い色の空の下で、僕は歩く。 街から街へ。 歩いても歩いても、記憶が追いかけてくる。 許したはずのことや、手放したはずのことたちが…

11

シガレット アンド コーヒー

高校の卒業式の夜に行われた「クラスコンパ」で初めてタバコを口にしたとき、僕はこの嗜好品をどう味わうか、その方法を全く知らなかった。ただくわえてみて、吸ったり吐い…

7

花は咲かないが、咲く。

自分を含め、多くの人が、決して咲くことのない花を咲かせようと、もがくようにして生きている。 もちろん誰もがその気になれば心の中に花を咲かせることはできるのである…

15

石灰の思い出

中学の野球部の2年生だったあるとき、アップ(準備運動)を終えてキャッチボールを始めようとすると、自分のグローブがないことに気づいた。 僕とキャッチボールなどする…

Whispers of Life
1か月前
16

友よ…(埼玉県熊谷市にて)

半年ぶりに、3年ほど前に他界した親友の墓参りに行った。 東京の僕の自宅は多摩霊園が近いので、気を利かせたのか、コンビニにも墓参りの人をあてこんだお花の数々が並ん…

Whispers of Life
1か月前
15

用水路の天使

大きめな仕事を納品した後は、僕はたいてい酒に酔ってくつろいでいる。徹夜明けならなおさらだ。 そしてその場所はどういうわけか駅のホームだ。だって駅のホームの端っこ…

Whispers of Life
1か月前
21

川越線の車内にて

僕はちょっとした仕事上のきっかけでやるせない気分になり、自宅から電車を乗り継いで、ある駅のホームで酒をあおり、また別の電車に乗って、気がつけば埼玉県の川越駅のホ…

Whispers of Life
1か月前
23

【ビートルズ「栄光の陰に隠れがちな名曲」10選(最終回)】

”Sexy Sadie" (1968) - Lennon 『ザ・ビートルズ』(The Beatles)収録。 ある人への軽蔑や皮肉を込めたこの曲の背景について、僕には詳細を語るほどの知識も興味もない…

Whispers of Life
1か月前
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ポンコツオヤジ野球チームの奇跡(その2)

玉三郎がライトの頭を越える大きな当たりをはなって三塁にまで達すると、我がチームのベンチは沸きに沸いた。 9回裏、ノーアウト三塁。これ以上ない「サヨナラ勝ち」のチャ…

Whispers of Life
1か月前
11

【ポンコツオヤジ野球チームの奇跡】(その1)

バッターの打ったボールが、レフトを守っていたアパレルのところに飛んできた。 アパレルとは僕が勝手につけたニックネームである。そう、往年の名ドラマ「太陽にほえろ!…

Whispers of Life
1か月前
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ビートルズ「栄光の陰に隠れがちな名曲」10選(その3)

前回の記事はこちら https://note.com/kenji_mishima/n/nd47820f36728?sub_rt=share_pw 7.”Dear Prudence" (1968) - Lennon 『ザ・ビートルズ』(The Beatles)、通称『…

Whispers of Life
1か月前
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ビートルズ「栄光の陰に隠れがちな名曲」10選(その2)

前回(https://note.com/kenji_mishima/n/n144e6520b76a?sub_rt=share_pw)からの続きです。 4..”For No One" (1966) - McCartney 『リボルバー』(Revolver)収録。 ht…

Whispers of Life
2か月前
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ラーメン二郎とアダモちゃんと山田さんの話

あれはおそらく大学3年の頃のことだから、実に35年と少しばかり前のことだ。 僕は自宅から1時間20分ほどかけて大学の最寄駅にたどり着くと、音楽サークルの仲間や先輩に会…

Whispers of Life
2か月前
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ビートルズ「栄光の陰に隠れがちな名曲」10選(その1)

何とはなしに、いつかは上記のテーマで自分の頭の中を整理してみたかったのです。そこへ来て、あるクリエイターさんの投稿(https://note.com/tatsumi1996/n/n5f1ab11cbe59

Whispers of Life
2か月前
20

Rainy Day, Small Egg, Big Hope

雨の阿佐ヶ谷駅のホームで、特に行くあてもなく立ち尽くしていた。 限られた数しかないベンチには、若い二人が腰掛けて、 肩寄せ合っておにぎりを頬張っている。 足元には…

Whispers of Life
2か月前
14
ある老夫婦と

ある老夫婦と

あるターミナル駅で、ある日僕は、末娘と2人でバスを待っていた。
ベンチに腰掛けてあれこれ話していると、明らかに人生の大先輩とおぼしきご夫婦がやって来た。
ベンチに空きはない。当たり前だが僕と娘は席を譲った。

ご婦人は丁寧な口調で謝意を伝えてくれ、男性の方に着席をうながす。

頑固そうな顔つきの男性は厳然たる決意を滲ませるように、前だけを向いてこちらは見ない。

ご婦人は「お父さん、せっかくああお

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Melodies of Nishiogikubo

Melodies of Nishiogikubo

薄ぼんやりとした、形容しがたい淡い色の空の下で、僕は歩く。

街から街へ。

歩いても歩いても、記憶が追いかけてくる。

許したはずのことや、手放したはずのことたちが。

それなりの手応えの仕事をやり遂げて、心にゆとりができたときに限ってこうなる。

呼んでなんかいない。
勝手に向こうからやってくるのだ。

西荻窪の、品の良さそうな焦茶色のマンションを右手に見る活気に満ちた通りにさしかかるころ、僕

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シガレット アンド コーヒー

シガレット アンド コーヒー

高校の卒業式の夜に行われた「クラスコンパ」で初めてタバコを口にしたとき、僕はこの嗜好品をどう味わうか、その方法を全く知らなかった。ただくわえてみて、吸ったり吐いたりしてみるのだが、手応えのようなものがない。くわえたあと、そこから先にどうしたらいいか知らなかったのだ。

野球部の仲間で、別の店でコンパをしていた他クラスのある友人が、渋谷の路上でそんな僕のことを見かけて声をかけてきた。
彼は僕のぎこち

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花は咲かないが、咲く。

花は咲かないが、咲く。

自分を含め、多くの人が、決して咲くことのない花を咲かせようと、もがくようにして生きている。
もちろん誰もがその気になれば心の中に花を咲かせることはできるのであるから、たいして悲観するようなことじゃない。

とはいえ、空模様が暗ければ気持ちも沈む。

そんな日に、どうせ今日も行列だろうとダメ元で通りかかったラーメン屋さんに、奇跡的に空席があったので、思わず吸い込まれてしまった。

ここの若き店主の先

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石灰の思い出

石灰の思い出

中学の野球部の2年生だったあるとき、アップ(準備運動)を終えてキャッチボールを始めようとすると、自分のグローブがないことに気づいた。

僕とキャッチボールなどする時間の取れなかった忙しい父が買ってくれた大切なグローブで、よし、お父さんがお前の名前書いといてやろう、などと言って父自身の名前をうっかり書いてしまった、そんな愛おしい痕跡の残る我が相棒である。

よりにもよって油性のマイネームでそう書かれ

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友よ…(埼玉県熊谷市にて)

友よ…(埼玉県熊谷市にて)

半年ぶりに、3年ほど前に他界した親友の墓参りに行った。

東京の僕の自宅は多摩霊園が近いので、気を利かせたのか、コンビニにも墓参りの人をあてこんだお花の数々が並んでいたりする季節である。

それを見て、いてもたってもいられなくなり、彼が眠る熊谷まで出かけたのだった。

久しぶりに訪ねた熊谷の空は、相変わらず悲しいほどに碧い。

彼の墓石には「絆」と刻まれているだけで名前は端っこの方の別のところを見

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用水路の天使

用水路の天使

大きめな仕事を納品した後は、僕はたいてい酒に酔ってくつろいでいる。徹夜明けならなおさらだ。
そしてその場所はどういうわけか駅のホームだ。だって駅のホームの端っこで飲む酒がいちばん旨いんだもの。

酔うといろんなことを思い出す。

小学生だったあるとき、自宅までの帰路に、ふと思い立って、いつもと違う経路で帰ってみたくなった。

適当に道を選んで歩いているうち、僕は見知らぬ路地を曲がり、か細い用水路の

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川越線の車内にて

川越線の車内にて

僕はちょっとした仕事上のきっかけでやるせない気分になり、自宅から電車を乗り継いで、ある駅のホームで酒をあおり、また別の電車に乗って、気がつけば埼玉県の川越駅のホームにいた。そこで目の前に始発として止まっていた川越線という埼玉県の在来線に乗り込むことにした。

どんな路線でもありがちなことだが、空いている車内でおっさんが、足を組むだけならまだしも、片方の膝に足をクロスさせるようにして偉そうに座ってい

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【ビートルズ「栄光の陰に隠れがちな名曲」10選(最終回)】

【ビートルズ「栄光の陰に隠れがちな名曲」10選(最終回)】

”Sexy Sadie" (1968) - Lennon

『ザ・ビートルズ』(The Beatles)収録。

ある人への軽蔑や皮肉を込めたこの曲の背景について、僕には詳細を語るほどの知識も興味もないので割愛する。

ただ面白いことに、そういう曲なのに(もしかしたらそういう曲であるからこそ)抜群に美しいメロディになってしまったりするから音楽は深いし、人の心も複雑なものだと感じさせられてしまう。

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ポンコツオヤジ野球チームの奇跡(その2)

ポンコツオヤジ野球チームの奇跡(その2)

玉三郎がライトの頭を越える大きな当たりをはなって三塁にまで達すると、我がチームのベンチは沸きに沸いた。
9回裏、ノーアウト三塁。これ以上ない「サヨナラ勝ち」のチャンスがやってきたわけだ。
玉三郎をホームに生還させることさえできれば勝てるのだ。

しかしそのとき、次打者としてネクストバッターズサークルに座っていた僕は、左足にわけのわからない違和感を覚えていた。そして、いざバッターボックスに向かおうと

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【ポンコツオヤジ野球チームの奇跡】(その1)

【ポンコツオヤジ野球チームの奇跡】(その1)

バッターの打ったボールが、レフトを守っていたアパレルのところに飛んできた。

アパレルとは僕が勝手につけたニックネームである。そう、往年の名ドラマ「太陽にほえろ!」のように、僕は勝手に、パパ友である彼らにニックネームを付けていたのであった。

アパレルはときおり海外に出かけ、さまざまな衣服を仕入れてきては、A駅近くにあるちいさな店舗でそれを売っていた。手腕が良いのか、繁盛していたようだった。彼は長

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ビートルズ「栄光の陰に隠れがちな名曲」10選(その3)

ビートルズ「栄光の陰に隠れがちな名曲」10選(その3)

前回の記事はこちら
https://note.com/kenji_mishima/n/nd47820f36728?sub_rt=share_pw

7.”Dear Prudence" (1968) - Lennon

『ザ・ビートルズ』(The Beatles)、通称『ホワイト・アルバム』収録

発表年の順に並べた都合上7番目に来たが、このDear Prudenceこそが個人的にはビートルズのあら

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ラーメン二郎とアダモちゃんと山田さんの話

ラーメン二郎とアダモちゃんと山田さんの話

あれはおそらく大学3年の頃のことだから、実に35年と少しばかり前のことだ。
僕は自宅から1時間20分ほどかけて大学の最寄駅にたどり着くと、音楽サークルの仲間や先輩に会う用事があればキャンパスまで行き、ない場合は、たとえ受けるべき講義があったとしても出席せず、大学のすぐそばにある「ラーメン二郎」に寄ってから帰るのが日常であった。
親にはつくづく申し訳ないことをした。

ある日、ゼミ仲間の貫太郎と一緒

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ビートルズ「栄光の陰に隠れがちな名曲」10選(その1)

ビートルズ「栄光の陰に隠れがちな名曲」10選(その1)

何とはなしに、いつかは上記のテーマで自分の頭の中を整理してみたかったのです。そこへ来て、あるクリエイターさんの投稿(https://note.com/tatsumi1996/n/n5f1ab11cbe59?sub_rt=share_pw)にインスパイアされ、自宅に張り付いていなければならない本日、時間のあるうちに「はじめの3つだけ」書いてみます。

以下、発表時期の順に曲名と作曲者名義、収録アルバ

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Rainy Day, Small Egg, Big Hope

Rainy Day, Small Egg, Big Hope

雨の阿佐ヶ谷駅のホームで、特に行くあてもなく立ち尽くしていた。

限られた数しかないベンチには、若い二人が腰掛けて、
肩寄せ合っておにぎりを頬張っている。
足元にはカートを置いて。

どこか遠くに行くの?
どうか幸せに、ほんとにどうか、幸せに。

さっき食べたラーメン屋の店主が、
気配を消すかのようにススっと近寄ってきて、
頼んでいない味付けたまごを置いた。

「雨の日サービスです」

と彼は言っ

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