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短編小説

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#オリジナル小説

小説:親友への手紙

小説:親友への手紙

拝啓 三瓶陸人様

 お久しぶりです。渡辺優成です。近頃はいかがお過ごしでしょうか。というのはいささか意地悪が過ぎましたね。ですが手紙というのは出したことがなかったもので、どのように文章を始めていいのやら、少しわからなくなってしまいました。だからこのような形で始めさせていただきます。

 あだ名も忘れたわけではないのですよ。ただ、やはりあだ名で宛先を書くというのは違うんじゃないかなと思ってしまうも

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小説:花火展望石階段の乱

小説:花火展望石階段の乱

 階段を登ってくる風に揺られ、木々はさわやかに揺れる。日陰から見上げる真っ青な空と入道雲は実にまぶしかった。ここで純粋無垢な乙女とともに空を見上げ共有したイヤホンで恋の歌でも聞けたら何と素敵なことであろう。

 しかし現実は甘くないのである。青い空の下で麦わら帽子をかぶり白いワンピースを着た無垢な乙女との出会いなどまるでない。それどころか、ここにいるのは汗で石畳を濡らすさえない男どもである。このう

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小説:留年生の華麗な部屋

 諸君、クオリティオブライフを高めるうえで最も大切なものはなんだかわかるだろうか。それは住居である。古来より衣食足りて礼節を知るということわざがあるがなかなかどうしてここに住が入らないのかもっぱら謎である。故人よりも私のほうが優れているということか。

 優れた私が設計した部屋なのだ。端的に言うと、イヤ、もはやこの部屋はこの言葉でしか表現できない部屋なのである。そう、完璧だ。まさに魔法界である。

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小説:ぬいぐるみ同好会

小説:ぬいぐるみ同好会

 私はこの東大ではあるが東京大学ではなく神奈川にどっしりと構える三流大学の、無駄に膨張した敷地の端にこじんまりと構える竹林の中で体を折りたたみ息をひそめていた。

 人の心を持たぬ畜生どもに追われて奴らが私の近くを通過し、安どのため息をついてしまうたびふと思ってしまうのだ。幸せとは何か。この生活を始めてから一日たりとも欠かさず考えてきた問いである。

 この答えはいまだ導き出されていないしこれから

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小説:不謹慎な霊媒師

小説:不謹慎な霊媒師

「ああ、行かないでもうちょっとだけ、もうちょっとだけここにいて」

「だめなんだ。順子。俺はもう死んだ身。浮世に長くいられない」

「だったら最後に抱きしめて」

「わかったよ」

 二人は互いに抱擁し、まだ男に質量が残っていることを確かめ合う。

「どうしていけばいいの? あなたなしで」

「君なら大丈夫だよ」

 男の足が消えてゆく。

「大丈夫なんかじゃない! だからこうしてここに来たのに!

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小説:イノセントボーイズ

小説:イノセントボーイズ

 その柔らかく純粋な心を他人はおろか外気にも触れさせなかった我々の心はすでに発酵して独特の汁を垂れ流すまでになってしまった。

 この布団のないこたつを中央に構えた私の牙城はその汁が垂れては蒸発し、垂れては蒸発しを繰り返し、濃密で空気すらも屈折させる熱気を私の部屋に充満させていた。妖怪どもが発するその蒸気の前にはエアコンなどは歯が立たない。

 未知の菌すらも培養されているであろうこの空間であろう

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小説:神社で願い事

 神様は乗り越えられる人にしか試練を与えない。試練を与えられたものはそれを乗り切る力がある。両親から常に言われてきたこの言葉が僕の座右の銘だ。実際にこの言葉のおかげで何度ももう一歩踏み出すことができた。

 だから今回も神様は僕に壁を与えてくれているのだろう。僕が投稿している動画の再生数の平均はたったの25回。チャンネル登録者数は43人しかいない。自分の生き方にあっていると始めたユーチューブだった

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小説:妖怪の改心

小説:妖怪の改心

「皆さん、今まで迷惑をおかけしてごめんなさい。これからは皆さんの研究の邪魔は致しません。なので最後にもう一度仲間に入れてください」

 反省でもしたかのような態度と声に俺は耳を疑った。正気だろうか?

「そうか。ついに尾瀬君も大人の階段を登ったというわけだ。学生のうちに改心して本当によかった」

 この教授も正気じゃないのか? この妖怪が発した言葉をどうしてこうも簡単に受け入れることができるのだろ

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短編小説:沢中サッカー部、サッカー人生最後の試合

短編小説:沢中サッカー部、サッカー人生最後の試合

 いつからだろう。近所の公園で自主練習をしなくなったのは。いつからだろう。高校は違う部活をやろうって思い始めたのは。ペットボトルに入った暖かい水をかぶってそんなことを思う。後半15分に取られる熱中症対策の給水時間。もうあと15分で俺の中学時代の部活はいったん終わる。だからこうして沢中での部活を総括し始めてしまったのだろうか。

「時間ないけど、いまのおれたちならまだいける。ここから点取ってこ」

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小説:素晴らしい景色の山小屋

小説:素晴らしい景色の山小屋

4年前に勤めた山小屋の玄関を開けると、懐かしい声がした。

「あれ、高崎君山やっとったっけ? おかしいなぁ、確かやっとらへんかった気がするんやけど。俺も歳かねぇ」

 受付の沢村さんは目を丸くして言った。俺は「高崎です、覚えていますか」と切り出そうと思ったが、いらぬ心配だったようだ。

「いえ、やってませんよ。ただ懐かしくなって」
「この山荘に愛着持っててくれたんやなぁ。ありがたいわ。そうや、今日

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小説:好奇心レーダー

小説:好奇心レーダー

 ビルから出ると、目の前に一気に色彩が広がりました。最初に断っておきますが、絶景というわけではありません。むしろ毎日この景色は見て半分飽き飽きしています。この会社に通っているわけですから。しかし、気分が変われば見飽きた景色にも新しい発見があるものです。赤く染まった空と雲をバックに立つビル群はこんなにも美しかったなんて気が付きませんでした。久しぶりに好奇心レーダーが反応したのは、明日は有給休暇だから

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わかめ散髪店レビュー風小説 ★★★★★

わかめ散髪店レビュー風小説 ★★★★★

  店に入った瞬間私は感動に包まれた。ジャンプの漫画が本棚にずらっと並んでいたからだ。そして期待した。ここなら鳥の巣のような私の頭を気持ちよく刈り取ってくれるに違いない。そう、モーゼが海を割ったように、気持ちよくすっぱりと。

 ジャンプ漫画が置いてある床屋は気持ちよくバリカンで頭を剃ってくれる。これは私の経験から導き出された真理である。もちろん因果関係はある。今一度ジャンプがどのような漫画であ

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小説:眠れない夜、君を思ふ

小説:眠れない夜、君を思ふ

 草木も眠る丑三つ時。常夜灯もつけていないのに、部屋の内装がよくわかる。それは窓から差し込む月明かりのせいか、それともこの暗闇で一時間思想にふけってしまったからだろうか。とにもかくにも眠れないのである

 それにしてもこの4畳半の部屋は悲惨だ。机の上に目を移すと、夕食の汁がへばりついた皿が重なり、狭いこたつ机を我が物顔で占領している。そして、余ったスペースにちょこんと申し訳なさそうに転がっているの

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小説:ゴキブリに慈悲を

小説:ゴキブリに慈悲を

 恋はリバーシ。好きとに悔いは表裏一体。これは真理であるのだ。今まそれを現在進行形で知らされている。あの女俺が大嫌いな福田と一緒に帰ってやがる。この俺の誘いは断ったのに!
 
 あの女があんなに愚かだとは思いもよらなかった。この天のように心が広く慈悲深い俺を振ることすら愚かだというのに。あろうことか、あの福田を選ぶなんて、1足す1は3だというやつより頭が悪い。

 福田はこの世で一番の屑なのだ。少

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