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ビリーさん集め。

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2022年10月の記事一覧

「偉大なる旅路」

「偉大なる旅路」

自由は孤独を引き連れて、孤独に喘ぐ代償として有る自由、
どちらを得たのか、あるいはそのどちらかに、
影を捕捉されてしまっただけなのか、
どちらでもいい、いまになればそれを思うことすら不毛、
草臥れ果てたる二足の靴を、どちらに向けて揃えておくか迷いはするが、
行く先なんぞありもせず、煙が如く彷徨いにける、

孤独はしかし自由を誘い、どこへ行こうか、明日はどこで目覚めよう?
誰かの歌にさ、赤い季節を抜

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短編小説「国境線上の蟻」#1

短編小説「国境線上の蟻」#1

 鳥の声は聞こえなかった。
 蟻はそもそも啼くことがない。
 啼かない、声を持たないのは佳いのかもしれない。そう思った。その肢体を逆さにして皮を剥いでも絶叫を聞かなくて済む。
 天上にその姿を掲げられるものが啼くのはかまわない。地上にもがくものが何故、声をあげるようになったのだろう。
 蟻と大差ないのに何故、神は俺たちに声を与えたのだろう。
 君はそんなことを考えていた。
 血を吐け。声を吐くな。

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【エッセイ】安藤ゆきさんの世界

【エッセイ】安藤ゆきさんの世界

 このnoteのどこかで書いた記憶があるんですが(おぼろげ)、僕は、あまり熱心な読書家ではありません。熱心な、というか、どう考えても、全く、読書家とは言えない。近年だと、三年くらい前に、西加奈子さんの「漁港の肉子ちゃん」を読んだけれど、以降、活字らしい活字はまるで読んでいません。本棚なんてないし、雑誌や写真集を突っ込んでいる棚にあるのは、ほとんどマンガ。マンガだけはずっと好きで、ほんとにあれこれと

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短編小説「その彼女」

短編小説「その彼女」

 大きく一息。体のなかの酸素と二酸化炭素をすべて吐き終えてから、小さく吸い直して、やっぱり小さく、二息目を吐き出した。三つ目の深呼吸をしようと、思い切り、吸い込んだところで、後から肩を、ぱしん、と叩かれた。左斜め上を振り返る。詰まった鼻から、ぴー、が鳴る。
「休憩しよう」
 目の前に差し出された黒いカップから白い湯気。全開の鼻先にちらほらして、それから、鼻腔に侵入してくる、香ばしい香。これって、確

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「腑抜けで愚鈍」

「腑抜けで愚鈍」

腑抜け共が凛たる姿の賢人たちを嗤ってた、
けれども賢人たちは賢人たちで、
如何なる術にて隣人たちを欺こうかと台にカードを並べてる、

根無し草の旅人は、根が無い故に花を咲かせることはなかろうが、
世捨て人を決め込んで、百年前のウヰスキー、
瓶のまんま呷ってやがる、喉に火を点けたいだけさと強がった、

呪いの言葉を見つけるたびに木屑にそれを書き出して、
ひとつひとつ炎に焚べた、
腑抜けか賢者か、そん

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短編小説「その彼」

短編小説「その彼」

 右から一歩、左で二歩目。そして、また、右足。見下ろす。いつの間にか、汚れた爪先。聞こえる、踵に擦れる砂音。一度、目を閉じて、再び、開く。南から波の音。規則正しく、一定間隔で届く。深呼吸を二度。背中に木々が擦れ合う声。
 もういいかい。まだだよ。いつのことだろう、懐かしい誰かの声が聞こえた気がした。もう一度、聞きたかった。片手にヘッドホンを抑える。
 もういいかい。
 まあだだよ。
 そう声にした

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「青い庭」

「青い庭」

星が静かで風もない、あまりに取り柄のない夜は、
ランプの揺れる途切れかけの赤の下、
四隅の黴た古い古い世界地図を眺めては、
自分だけの夢の世界を書き加えて気づけば本当の夢を見ていた、

背中の毛布が滑り落ちて目覚めたら、
温いミルクの甘い匂い、グランマが焼くチーズの香り、
遠い丘の稜線からは、その日もきっと良い天気、
フライパンの黄身のようにふくらむ朝陽、

春の近づく夜になるたび思い出すのは無邪

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短編小説「世界の終わり」

短編小説「世界の終わり」

「帰りたいんだ」
 たどたどしい日本語で男はそう言った。帰りたい、それが彼と彼の仲間たちの要求なのだという。
 最上階の窓から叫ばれるそれは取り囲む誰かに届いてはいるのだろう。見上げる窓は回転する赤が左から右へ振り子のように流れる。拡声器が「投降しなさい」を定期的に繰り返す。
 男は「人質は無事だ、僕たちは国へ帰りたいだけだ」、そう返す。要求というより懇願に聞こえた。声を荒げるたびに語尾が弱弱しく

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連作短編「おとなりさん」#10

連作短編「おとなりさん」#10

最終夜「流れ星」

「もうすぐだよ」 
 時刻を確認したのだろう、どこかの誰かが声をあげた。わたしもスマートフォンが表示する時刻を確認して、もうすぐだね、なんて、同席しているお隣さんと、それから、もうすぐみたいですね、なんて、見知らぬお隣さんと笑顔を交わす。
 そこにいる人々は一斉に夜の空を見上げる。きっと、昨日の夜の空と同じなんだろう、きっと相変わらずであろう、特別ではない星々が瞬いていた。さっ

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短編小説「夜を欲しがる」

短編小説「夜を欲しがる」

 私たちは幸福な夢を見ることに慣れてはいない。
 私たちは幸福な夢を見ることに慣れはしない。残念ながら、これからも。
 時計台の鐘が午前を知らせようとして鳴り止んだのは迷った鳥がその機関部に吸い込まれていたからだった。彼か彼女か、なぜ鳥がそこを止まり木としたのかは誰にもわからない。
 ともかくその鳥は毟られ、肉片となり、時間を止めることにだけ成功して死んだ。羽根が数枚落ちていたことがその証拠だった

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「神の庭」

「神の庭」

空は澄み渡っているふりを、あくまで装うのは純白、
悲鳴に聞こえるトランペットや秒ごと草地に仕向けるオルガン、
夏には人の気配を盗み、冬には刻を奪いたもう、
夜にはそれを告げる鐘、仕事終わりが俯きそぞろに歩く路、
どうしてだろう、それは従順なる黒い葬列、
君にも僕も、そうとしか見えないのはなぜ、

孤独は君の隣にあって、重なり合う影は唯一、
あてもなくしてぶら下がる、見果ての視界はいつぞやの、
ネズ

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「君は狂人」

「君は狂人」

夜の窓の外は黒煙、僅かに灯る暖色は、
季節を違えた宙をたゆたう羽虫の鱗粉、
階層下に伸びる十字路、使い古しの家具と鉄、

再び刻む時計は夜を、軋んで告げる鐘は沈痛、
毛羽立つ紙のテーブルクロス、焦げちまったら気分が悪い、
印刷された一語一句はどこかの古い神の方便、

眠る前を彩った、
アルファベットをaから象るグラスは19、
床の板を転がってたり、逆さに埃をかぶっていたり、
そいつを使った記憶ごと

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「昨日に似た日」

「昨日に似た日」

渡り鳥の卵を盗んだ蛇が居座る岬の灯台に昨夜によく似た夜がきて、
子を探してる親鳥の、白い腹を見ている蛇は、
飲み込んだばかりの卵のことを考えていた、
しかし蛇は腹を空かせた不漁の老夫に囚われて、
肢体を裂かれて一昨日によく似た夜に、その老夫婦の飢えを満たした、
翌朝、その焼けたる空は、どうにも起源前の色、
老夫と老婦は生き絶えていた、
それから岬には誰もいない、
沈黙、寂寥、茫漠たる完全体の無人の

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短編小説「ノー・サプライゼス」

短編小説「ノー・サプライゼス」

 振り返ると揺れる茶色の髪。潮風と水平線。空も海も、無条件に青い。一切の留保もなく、ひたすらに青かった。ずいぶん遠くまでやって来た気がする。目の前の海は太平洋だろう。記憶に間違いがないなら、初めて見たはずだ。轟音に気づく。真上を航空機がゆく。その白い腹。プロペラ音。ボンバルディアと言うんだっけ。確か、すぐ近くに空港があったはずだ。
 後部席の子供はよく眠っていた。初めて試したが、ずいぶんよく効く眠

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