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2022年10月の記事一覧
短編小説「国境線上の蟻」#1
鳥の声は聞こえなかった。
蟻はそもそも啼くことがない。
啼かない、声を持たないのは佳いのかもしれない。そう思った。その肢体を逆さにして皮を剥いでも絶叫を聞かなくて済む。
天上にその姿を掲げられるものが啼くのはかまわない。地上にもがくものが何故、声をあげるようになったのだろう。
蟻と大差ないのに何故、神は俺たちに声を与えたのだろう。
君はそんなことを考えていた。
血を吐け。声を吐くな。
【エッセイ】安藤ゆきさんの世界
このnoteのどこかで書いた記憶があるんですが(おぼろげ)、僕は、あまり熱心な読書家ではありません。熱心な、というか、どう考えても、全く、読書家とは言えない。近年だと、三年くらい前に、西加奈子さんの「漁港の肉子ちゃん」を読んだけれど、以降、活字らしい活字はまるで読んでいません。本棚なんてないし、雑誌や写真集を突っ込んでいる棚にあるのは、ほとんどマンガ。マンガだけはずっと好きで、ほんとにあれこれと
もっとみる短編小説「世界の終わり」
「帰りたいんだ」
たどたどしい日本語で男はそう言った。帰りたい、それが彼と彼の仲間たちの要求なのだという。
最上階の窓から叫ばれるそれは取り囲む誰かに届いてはいるのだろう。見上げる窓は回転する赤が左から右へ振り子のように流れる。拡声器が「投降しなさい」を定期的に繰り返す。
男は「人質は無事だ、僕たちは国へ帰りたいだけだ」、そう返す。要求というより懇願に聞こえた。声を荒げるたびに語尾が弱弱しく
連作短編「おとなりさん」#10
最終夜「流れ星」
「もうすぐだよ」
時刻を確認したのだろう、どこかの誰かが声をあげた。わたしもスマートフォンが表示する時刻を確認して、もうすぐだね、なんて、同席しているお隣さんと、それから、もうすぐみたいですね、なんて、見知らぬお隣さんと笑顔を交わす。
そこにいる人々は一斉に夜の空を見上げる。きっと、昨日の夜の空と同じなんだろう、きっと相変わらずであろう、特別ではない星々が瞬いていた。さっ
短編小説「夜を欲しがる」
私たちは幸福な夢を見ることに慣れてはいない。
私たちは幸福な夢を見ることに慣れはしない。残念ながら、これからも。
時計台の鐘が午前を知らせようとして鳴り止んだのは迷った鳥がその機関部に吸い込まれていたからだった。彼か彼女か、なぜ鳥がそこを止まり木としたのかは誰にもわからない。
ともかくその鳥は毟られ、肉片となり、時間を止めることにだけ成功して死んだ。羽根が数枚落ちていたことがその証拠だった