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#たいらとショートショート

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『最初の一文』『最後の一文』を決めて、それに合わせて書いていただいたショートショートです。投稿作品をまとめています。
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#ほろ酔い文学

ショートショート【彼女の話】

ショートショート【彼女の話】

「先にお飲み物お伺いしましょうか?」
 席に着くなり店員が声をかけてくる。
「あー。ええっと……」
 返事ともならない返事を返す。予想外の残業で疲れ切っていた私は、すぐに注文を決めることができなかった。そもそも居酒屋お決まりのこのセリフが私はあまり得意ではない。特に決まって好きなお酒もないし、居酒屋ごとにメニューが違うのだから最初の一杯からゆっくり選ばせてほしいと思ってしまう。
 しばらくメニュー

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揺らされたいけれど、揺れない。

揺らされたいけれど、揺れない。

「先にお飲み物お伺いしましょうか?」
「ありがとう。」
 この長くて艶のある黒髪の女性客はいつも男性と一緒に来ていた。一人で来るのは今日初めてだ。そしてテーブル席でなくカウンター席に座るのも初めてだ。
 いつも一緒に来ていた男性は、最初に二人分のハイボールと軽食をオーダーする。軽い食事をした後、彼女とふたりでロックをゆるゆると数杯楽しみ帰っていく。
「テキーラサンセットを。軽食は要りません。」

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【小説】ご注文はいかがなさいますか?(#たいらとショートショート)

【小説】ご注文はいかがなさいますか?(#たいらとショートショート)

「先にお飲み物お伺いしましょうか?」
「じゃあ……カシスオレンジ2つ」
「かしこまりました」

 20歳になった記念にと、仕事帰りにやってきた居酒屋。
 帰路にあるので知ってはいたが、実際に入るのは今日が初めてだった。
 一緒にやってきたカエデは、飲み物を頼んだきり、ずっと下を向いてスマホをいじっている。
 最近の彼女は常にそうだ。スマホも体の一部なんじゃないかと思えてくる。
「何見てるの?」

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恋の駆け引き【ショートショート】1000文字

恋の駆け引き【ショートショート】1000文字

「先にお飲み物お伺いしましょうか?」
愛と昂司はトラットリアのカウンター席に案内された。
仕事終わり、22時を過ぎるとコース料理のメニュー表は下げられ、二人が入店したこの店はBAR仕様になる。
細長いメニュー表には革のカバーがかけられている。
開くと薄暗い照明に映えるようなアイボリーに濃いブラウンの明朝体で、両面を覆いつくすほどのドリンク名が書かれている。
ミックスナッツと数種のチーズ、キスチョコ

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『いつものやつで』 # たいらとショートショート

『いつものやつで』 # たいらとショートショート

「先にお飲み物お伺いしましょうか」
そんな感じじゃないんだよなあ。
そんな店でもないし。
いつもなら、
「ビールでいいでしょ」とさっさと持ってきてくれるのに。
そして、こっちは、
「あと、いつものやつで」
となるのに。
なのに、こっちまでかしこばっちゃって、
「え、ああ、ビールでお願いします」
だなんて。

どうして、こうなったんだろうなあ。
そもそもは、僕の転勤の話からだ。
昨日、急に辞令が出た

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”actor”【ショートショート・820字】

”actor”【ショートショート・820字】

「先にお飲み物お伺いしましょうか?」
「このスパークリングワインを二つ。ああ、彼女の方は、少し飲みやすくしてくれないか」
「当店自家製の、桃のピューレを混ぜるのはいかがでしょう?」
「それでいいかな?」
「はい! 私、桃大好きです」
 私は微笑んで二人のテーブルを後にする。ここは私の夫が腕を振るう、小さなビストロ。私はここで、物わかりのいい従順な妻を演じている。彼がこの店の扉を開けた時も、表面上の

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いつかの、あの声【ショートショートモドキ・1270字】

いつかの、あの声【ショートショートモドキ・1270字】

「先にお飲み物お伺いしましょうか?」
 毎回、熱いおしぼりを広げて渡しながら、彼女がおずおずと訊いてくる。この居酒屋が出来て大分経っても彼女は、恐る恐る注文を取りに来たものだ。オープンしたばかりの頃、彼女は本部のSVに、こんな指導を受けていた。「注文はもっと積極的に。最初が肝心なんです」とSVは言い、『入店すぐの客に対する5つのタスク』なるものを彼女に説明した。カウンター客の私にもしっかり聞こえて

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先にお飲み物お伺いしましょうか?/ご注文はいかがなさいますか? 第903話・7.15

先にお飲み物お伺いしましょうか?/ご注文はいかがなさいますか? 第903話・7.15

「先にお飲み物お伺いしましょうか?」
 居酒屋の店員が注文を取りに来たが、平良は「ち、ちょっと待って、もうすぐ、あ!」途中まで言いかけて突然立ち上がった。視線を入口に向けて手を上げる。「おう、泰ゾウ!俺も今来たところだ」入口から入ってきた泰羅も平良を見つけ「平ちゃん、ごめん、予定していた新幹線1本乗り遅れちゃって、悪かった」と手を頭の後ろに置きながら、平良の席に向かう。
「早速だが、ドリンクを注文

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