よしいもあい

ホーリオフォビア。好きな物はビールとチョコ。 暇が文化を構築していくらしい。

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最近の記事

ショートショート【春ギター】

「遅くなってごめんね、ちょっと寝坊しちゃった」 春ギターを持った彼が、恥ずかしそうに笑う。 「ずっと楽しみにしてたんだよ。もう寒すぎて……」 私は少し不機嫌な顔を作って返事する。  本当は今年も彼に会えた、それだけで満足なんだけど。やっぱりできればもう少し早く来て欲しい。もう少し長くいて欲しい。 「ごめんって。でも今年もいい曲を作れたんだ。」 そう言って彼が春ギターを奏でる。優しいメロディーに、凍えていた体がふんわり温まり出す。周りのみんなも、彼のギターに耳をすませている

    • 旅エッセイ【箸と猫】

      「日本人だもんね。箸もあるよ」  そう言って差し出される箸は、長くて、太くて。つかんだ麺はするりと滑り落ちてそのままピチャンという音が続く。 「日本人なのに箸が使えないの?」 そんなふうに笑われるもんだから、意地になって。頑張って箸を使い続けてみたけれどやっぱり上手くはいかなくて、日本で箸を使ってご飯を食べる外国人にシンパシーを感じてみたり。  でも大抵のお店にはフォークとスプーンしか置いてないので、いつもはそのふたつを使ってご飯を食べる。麺ものの時はフォークが右手でスプ

      • 掌編小説【秋の山】

         ショートケーキのイチゴはよく話題に上がるのに。モンブランについての議論は一度も聞いたことがない。なんて不憫なんだろう。  この小さな山の頂上に乗ってる栗をそっと下山させてみた。栗のあった場所が火口みたいにぽっかりと空いて、なんだかこの方が山みたい。  甘く光る栗をひょいと口に運ぶ。火口を覗き込む。フワフワと白い煙が上がっている。ぐるりと1周してみる。どこまでも続く秋色の山道。綺麗に色づいたもみじの葉の隙間に、澄んだ高い空が煌めく。 「モンブランってさ、本当は冬の山なんだよ

        • 旅エッセイ【利口な犬め】

           犬派か、猫派かと尋ねられることがしばしばある。どちらでもない。強いて言えば人間派であるし、犬や猫にとってもそんな派閥を作られること自体が本望では無いだろう。  少し前に太宰治の畜犬談を初めて読み、いたく感銘を受けた。犬が嫌いだと言い続けている毎日を描いているだけに見えるのに、こんなにも感情の機微を表すことが出来るのかと驚いた。偶然にも私も犬があまり好きでは無いほうのたちであるから、これは運命だと同じように自分の畜犬談を書いてみようと思い立った。  幸い、どこに行こうと道を

        ショートショート【春ギター】

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        • 短編小説
          10本
        • エッセイ
          11本

        記事

          旅エッセイ【てんびん】

           白菜と、唐辛子と、エノキ。明日からの食料を買う。調味料は醤油だけ。肉は買わない。私はベジタリアンでは無い。ただ、ナイフもなく皿もない部屋には手に余ってしまう。本当は好きでは無いけれど、健康のためにトマトもふたつカゴに入れる。  今日から1ヶ月だけの新しい仮住まいに心を踊らす。林の中の小さなコテージ。世界を旅して回っていたという老夫婦が出迎えてくれる。新しげな木の部屋にセミダブルのベッド。ヤモリとの二人暮しが始まる。  食料を調達した帰り、小道の奥に明るい建物を見つけた。木

          旅エッセイ【てんびん】

          短編小説【コールドブリュー】

           秋の空をそのまま映したような、青く透き通った目。その目を笑わせたいといういたずらな心で、私の真っ黒な目をあなたの薄く青い目に映してみたのです。  私は恋愛なんてものの経験もあまりなく、お友だちにもかわらしい女の子ばかりでした。お友だちの中には、男の子の話を好んでする子もいますし、私だってみんなと一緒に誰々がかっこいいだとか、誰と誰が一緒にいただとか、そんなような話で時間を過ごします。でも実際のところ私はあまり分かっていないのです。女の子と女の子が話をするのと同じように、女の

          短編小説【コールドブリュー】

          旅エッセイ【ポスト】

           洗い髪の甘い香りが体にまとわりつく。髪をとかすたびに、懐かしい香りがむわりと広がる。  この辺りのどの国に行っても売っている1番安いシャンプーの香りが、10年も前の記憶を呼び起こす。暑すぎるくらいに暑い国には、甘すぎるほどの香りが良く似合う。  10年ほど前にもこの街を旅したことがある。その頃と比べるとこの街はだいぶ変わったように感じる。あるいは、私の記憶が変わったのかもしれないが。  流しのタクシーがほとんど居なくなった。以前は、観光地に行けば、数歩歩く毎にタクシーの

          旅エッセイ【ポスト】

          旅エッセイ【趣味と仕事】

           旅先で知り合った友人は1人旅などしたことが無いと言う。したことは無いが、つまらないからしないと言う。そもそも1人で出かけることもほとんどしないらしい。  1度彼と映画を見に行った。字幕付きの日本語音声のアニメを選ぶ。映画が始まると、いや、映画が始まる前から彼はずっと話していた。 「今出てきた人は誰? あ、『ありがとう』ってまた言った! もしかしてありがとうはThank you? よし、日本語を覚えた! あ、あの人はなに?」 最初は笑顔で無視していた私もだんだんと我慢ができ

          旅エッセイ【趣味と仕事】

          旅エッセイ【川沿いを】

           川沿いの細い細い道を歩く。道の左右はどこにも繋がっておらず、ふらふらと踏み外したら川に落ちるような道。橋とも言えなくもないが、川を渡る訳では無いので、おそらく道であろう。  この細い一本道からさらに小さな橋がいくつも延び、川沿いの家々に繋がる。古い商店やレストランであったであろう建物は全てシャッターを閉じている。その裏で女性たちが静かにお喋りをしている。  風もほとんどないような穏やかな日。川の水のほかには、名前の分からない大きなトカゲのガサゴソという音が聞こえるだけである

          旅エッセイ【川沿いを】

          旅エッセイ【いちごチョコ】

           歳をとったと感じるとき。腰が痛くて昼まで寝れない。少量のお酒でも次の日に障る。無理をしたところで作業が捗らない。  古くからの友人の年齢を聞いて驚く。月日が経つのは早いものだと言い合う。自分から発せられるそんな言葉でまた歳をとったのだと実感する。  散歩をしていると珍しく行列のできている屋台がある。いつもなら、行列なんてものは人がいるから人が増えただけの虚像に過ぎない、などと理由をつけて無視するのだが、今日はなぜだか並んでみる気持ちになってみた。列の一番後ろにちょこんと加

          旅エッセイ【いちごチョコ】

          旅エッセイ【橋】

           橋を渡るときはいつも緊張する。今日の橋はどうだろうか。ゆっくりと階段を登る。  川を越えた向こう側にお店が集まるエリアがあるらしい。地図を見て知ってはいたが、いまだにあちら側には行ったことがなかった。お店があるというだけでは、橋を渡る理由にまではならなかったのだ。だが今日はよく晴れている。コーヒーでも飲みに行こうかと重い腰を上げて部屋を出たのはよいが、しかし川があるのだから橋を渡らねばならぬ。足取りは重くなる。  川は観光地になる。大きい川の周りには新しいコーヒーショップ

          旅エッセイ【橋】

          掌編小説【スニーカー】

           子どもは、好きではない。  よく喋る。よく喋るくせに、要領を得ない。だが、聞かぬと怒る。  こちらが困っていることすらお構いなく、楽しそうに話す。なんと返せば良いのか分からぬ。子どもは、好きではない。  今年もこの季節だ。赤と緑。眩しすぎるライト。せっかくの寒い冬を台無しにするクリスマス。クリスマスは子どもだ。勝手に楽しそうなのである。私はただ、困る。 「サンタになりたいんですよね、オレ」 友だちが突然、妙なカミングアウトをしてきた。 「応援するよ」 目もくれずに答える

          掌編小説【スニーカー】

          旅エッセイ【はしごモール】

          「旅行で来ているの?」 「そうなんです」 「どのくらいいるの?」 「1週間前に着いて。あと2週間くらいは滞在する予定です」 そんな会話をしていると、ほとんどの人がオススメの場所を教えてくれる。 「あそこのショッピングモールはもう行った?」 「あー、まあ」 なんもと歯切れの悪い返答になる。 「じゃああっちは?」 「あー、そっちは、まだ」 「じゃあ、今度ぜひ行ってみて。日本食のレストランもいくつもあるよ。カツ丼のお店が美味しくて」 そのオススメのたいていがショッピングモールである

          旅エッセイ【はしごモール】

          旅エッセイ【街の反射】

           ガネーシャがいる。私より少しばかり多い腕を見せびらかしながらこちらを見下ろしてくる。しばらくの間だけそこから降りてこないかい?ひどく暇なんだ。話し相手になってくれればいい友達になれるかもしれないと思うのだが。けれども彼は動こうとしない。じっとこちらを見下ろすだけ。  諦めて歩きを進める。話さぬ相手と一緒にいるほど暇じゃない。  阿修羅がいる。今度は私より少し顔が多い。ふたつの顔でこちらを見下ろす。もう一つの顔は上手くこちらを向けないようだ。話しかけるのをやめる。こちら側の2

          旅エッセイ【街の反射】

          旅エッセイ【いえすとファイフティー】

           旅行は好きではあるが、旅行をしているつもりはあまりない。  ただ新しい土地に向かう。せっかくだからと観光地のひとつふたつ訪ねてみる。けれども収穫がない。ふむ、と思うだけである。ときたま案内などを読んで、ふむふむ、と思うこともある。  建築や文化などを享受するほどの教養も感性もないのだから、そんなところに行っても仕方がない。結局、町の外れの安い宿に泊まり、数日に1度ふらふらと散策するだけになる。 「ここは観光客向けでいただけない」 「ここは地元の人がたくさんいるのだから、い

          旅エッセイ【いえすとファイフティー】

          ショートショート【助手席のメガネ】

          昨日の残業の後、彼から久しぶりに連絡が来た。 「今日時間できたんだけど。暇してたりする?」 いつもの居酒屋で落ち合う。なんとなく会社の愚痴を言い合うだけの1時間。そこから向かう先もいつも同じ。 彼に恋心を抱いていた時期もあったかもしれない。いま考えるとその感情すらも、恋愛を多くしてこなかった私の勘違いだったかのように思える。 彼と過した次の日は必然的に朝が早くなる。仕事の前に1度家に寄らなければ。 居酒屋の隣の駐車場に置いてある車に向かうまでの、少しの距離を2人で歩く。

          ショートショート【助手席のメガネ】