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旅エッセイ【川沿いを】

 川沿いの細い細い道を歩く。道の左右はどこにも繋がっておらず、ふらふらと踏み外したら川に落ちるような道。橋とも言えなくもないが、川を渡る訳では無いので、おそらく道であろう。
 この細い一本道からさらに小さな橋がいくつも延び、川沿いの家々に繋がる。古い商店やレストランであったであろう建物は全てシャッターを閉じている。その裏で女性たちが静かにお喋りをしている。
 風もほとんどないような穏やかな日。川の水のほかには、名前の分からない大きなトカゲのガサゴソという音が聞こえるだけである。

 突然、背後から歌謡曲のような音楽が聞こえてきた。カセットテープで流しているかのような伸びた音。後ろを見ると自転車が静かに近づいて来ていた。私は道から落ちぬようギリギリのところまで端による。
 自転車に乗ったおじさんがなんでもないような顔ですーっと横を通り抜けると、歌謡曲の音が止んだ。

 子供の頃から、自転車のあの「チリンチリン」という音が苦手だった。どけ、じゃまだ、とでも言われているような気持ちになるのである。避ける度に小さな声で、ごめんなさいと言ってしまう。
 そんなことだから自分が自転車に乗っているときにもベルを鳴らせずにいる。歩行者が道を塞いでいても、ゆっくりと後をつけるしかない。出来るだけ歩行者に気がついて貰えるようにと音を立ててみたりする。
 ギギと言わせてみたり、カタッと言わせてみたり。なんとも不器用なのである。

 自転車と、カセットテープと歌謡曲。スマホから流れる音楽じゃ、だめ。味がなくって寂しい。流行りの英語の歌なんか、もっと、だめ。それじゃあ気取りすぎていて、チリンチリンと変わらなくなってしまう。伸びた歌謡曲だから、優しいのである。

 しばらく歩くと先程の音楽が聞こえてきた。私を追い越した自転車のおじさんが釣りをしている。歌謡曲は先程とは異なり、これでもかというほどの爆音である。
 おじさんは私に気がつくと笑いながら道を譲ってくれる。

 晴れた日の昼下がりの静けさを一気にとっぱらうような陽気な歌謡曲。お世辞にも優しい音とは言い難い。
 それでもやっぱり気取らない伸びた歌謡曲は、心地がよく響いてくる。

また会いましょう。