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旅エッセイ【趣味と仕事】

 旅先で知り合った友人は1人旅などしたことが無いと言う。したことは無いが、つまらないからしないと言う。そもそも1人で出かけることもほとんどしないらしい。

 1度彼と映画を見に行った。字幕付きの日本語音声のアニメを選ぶ。映画が始まると、いや、映画が始まる前から彼はずっと話していた。
「今出てきた人は誰? あ、『ありがとう』ってまた言った! もしかしてありがとうはThank you? よし、日本語を覚えた! あ、あの人はなに?」
最初は笑顔で無視していた私もだんだんと我慢ができなくなる。
「いま、映画見てるんだけど……」
「え? うん。それでさ……」
彼はそのまま続ける。

 映画が終わり、映画館の外に移動しながら彼はまだ何かを話していた。
「どうして映画を見ながらずっと話しかけてきたの」
「どうしてって一緒に映画を見てるから。もしかして日本人は映画館でお喋りしないの?」
驚いたように彼は答える。

 その後、ご飯を食べながら、街に移動しながら、バーでお酒を飲みながら。彼はほとんど口を閉じることなく話をし続ける。どうやら彼は話すことが趣味らしい。なるほどそれでは1人旅はつまらないであろう。

 私はというと、最近やっと自分の趣味に気が付き始めている。勉強をすることと本を読むこと。学生の頃はよく、まじめだなどと褒められた。あれは、私がまじめだったのではなく、毎日数時間を趣味に費やしていただけであったのだ。
 学生の頃はとてもラクであった。勉強をしていれば良いのだ。学校へ行き、授業を受けて、テスト前に少し家で勉強をする。それだけで褒められる。勉強が嫌いだという友人の言葉には共感ができなかった。すればいいだけなのになどと本気で思っていたのだ。

 つい数日前、日本の友人から電話がかかってきた。今何をしていたかと問われて答える。
「ちょっと勉強を」
友人は大袈裟に褒める。
「勉強!偉いねぇ」

 何を言う。私からしたら毎日仕事をしているあなたの方が何倍も偉い。すごい。
 私なんぞはほとんど仕事もせず、ふらふらと、文字通りふらふらと様々な土地に出向き、暇だなぁと趣味に時間を使うだけ。本気でもない、仕事でもない、ただの趣味である。

 それでも私がだれを褒めようと、彼らは一様に
「仕事はしないといけないから」
と笑うだけなのだ。
 学生の頃「しなくてはいけない」をただしていた私が褒められたように、毎日「しなくてはいけない」をしている彼らはもっと褒められるべきである。


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