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旅エッセイ【はしごモール】

「旅行で来ているの?」
「そうなんです」
「どのくらいいるの?」
「1週間前に着いて。あと2週間くらいは滞在する予定です」
そんな会話をしていると、ほとんどの人がオススメの場所を教えてくれる。
「あそこのショッピングモールはもう行った?」
「あー、まあ」
なんもと歯切れの悪い返答になる。
「じゃああっちは?」
「あー、そっちは、まだ」
「じゃあ、今度ぜひ行ってみて。日本食のレストランもいくつもあるよ。カツ丼のお店が美味しくて」
そのオススメのたいていがショッピングモールであることには驚く。

 現地の友達のいる街に滞在していた際は、ありがたいことに毎日のように車で様々な場所に連れて行ってもらった。いや、様々なショッピングモールに連れて行ってもらった。おかげで私はある種のショッピングモールマスターになったと思われる。コーヒーが飲みたいならば1階、スーパーは地下、フードコートは最上階から1つ2つ降りたところに。
 当たり前ではあるが、ショッピングモールでは服が買える。旅行者である私が服を買うことはあまりないのだが。もしあなたが服を買いたいのならH&Mへ行こう。ユニクロでもいい。このふたつは絶対にショッピングモールに入っている。絶対に、なのだ。

 つい先日、少々の用があり、宿のオーナーと2人で近くのショッピングモールに向かった。用を済ませ、フードコートにて食事をとる。この後はどうしようかと考えているとオーナーが話し出す。
「私はしなければいけないことがあるからもう帰るけど。あなたはこの後の予定はあるの

「まだ決めていないんです。少しこの辺りを散歩しようかと思ってはいるんですが」
するとオーナーが近くのオススメの場所を教えてくれる。
「ここを出て左に向かって、ええっと10分くらいかな、歩くと別のショッピングモールがあるよ。ここよりは少し小さいけれど」
なんと「はしご酒」ならぬ「はしごショッピングモール」とは。
「いいですね。行ってみます」

 オーナーと別れて歩き出す。外は暑い。10分歩くのもことである。さらに向かう先が本日2度目のショッピングモールともなると、なんとも気分があがらない。けれどもほかに行きたいところも特段ないものだから、なんとなく向かってみている。
 5分ほど歩くとなにやら賑わっている一角が遠くに見えた。近くに行くと、それが市場だと分かる。遠くから見えたよりも広いようだ。露店に特大の肉が置いてある。その下には氷が敷かれている。地面をネズミが優雅に歩く。魚のコーナーでは至る所で水が跳ねている。元気な魚が多い。さらに進むと香辛料ハーブ干物のエリアを抜けてトロピカルな果物に囲まれる。どのエリアでも数歩進む毎に空いている台の上で寝ている人が目に入る。談笑しながらコーヒーを飲む人たちもいる。南国の暮らしがあった。

 ふと気がつく。ここ、もしかして、ずっと、暑い。すごく、暑い。
 足早に市場を抜け、また左に歩き出す。室内に入りたい。どこにでもあるコーヒーを飲みたい。体を芯まで冷やしたい。
 なるほどこれが南国の人々の日常か、と勝手に理解した気持ちで目的地に向かう。


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