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短編小説【コールドブリュー】

 秋の空をそのまま映したような、青く透き通った目。その目を笑わせたいといういたずらな心で、私の真っ黒な目をあなたの薄く青い目に映してみたのです。
 私は恋愛なんてものの経験もあまりなく、お友だちにもかわらしい女の子ばかりでした。お友だちの中には、男の子の話を好んでする子もいますし、私だってみんなと一緒に誰々がかっこいいだとか、誰と誰が一緒にいただとか、そんなような話で時間を過ごします。でも実際のところ私はあまり分かっていないのです。女の子と女の子が話をするのと同じように、女の子が男の子と話をしているだけなのに、周りのみんなが、前とは違っていやに喜ぶのはなぜなのでしょう。でもこんなことをお友だちに尋ねたって、そりゃあ相手が男の子だからでしょうとクスクスと笑われて終わってしまうことでしょう。私は自分では消化することの出来ない不思議な気持ちを抱えたまま、聞いているような聞こえていないようなお友だちの笑い声に耳を向けます。
 そんなことだから、あなたの言う「君はとても美しいね」という言葉がどんな意味を持っているものなのか、理解するのに少し時間がかかってしまいました。私はまだ、2歳を迎えたばかりの赤い赤い子どもなのだと思います。褒めてもらったのだから、ありがとうと言いましょう。ただ、そう思うより他に術を知らなかったのです。
 私の答えは恐らく正解ではなかったのでしょう。続けてあなたは私の手を握り、微笑みながら私に語りかけます。
「かわいい手だね。指先からどこまでも、君は本当に美しい」
「明日は何をするの? よかったらお昼ご飯を食べに行かない? 美味しいお店に案内するよ」
彼が話を続けていますが、私はそっと手を引っ込めます。なんとなく、このまま手を預けていてはいけないような気がしたのです。

 晴れた日の朝、カーテンを開けると青い高い空が広がっていました。こんな日には何かをしなければもったいない。そうだ、と思い立ち、バスに乗ってみました。どこに行こうかしら。この土地にはまだあまり慣れていないものですから目的地を決めることが難しいのですが、そんなことがとても心地よく感じます。今日にはプランなんて必要ありませんから。
 終点までは行かないけれども、人の少なくなった少し寂しい町でバスを降りてみることにしました。ストンッと小さくジャンプをするようにバスから降ります。すると私の体は少し軽くなりましたので、小走りで道を渡ってみます。家と家の間の細い道を早足で通り抜け、そのまま坂を登ります。さっきよりもいくぶんか空に近くなったところで、ベンチに腰を下ろして町を眺めてみます。
 先程バスを降りた辺りの先に小さなコーヒーショップが見えました。来た道を戻って、建てたばかりのような真っ白の建物の中に入ります。綺麗にお化粧をしたお姉さんに、コールドブリューのコーヒーそれだけを頼み、お金を払い、椅子に座ります。一杯のコーヒーを1時間もかけて飲み、先程とは反対に向かうバスに乗るために店を出ました。

 バスをおりて部屋に戻る途中、あなたは心配そうな顔で私に話しかけてきます。
「どこに行っていたの? 大丈夫だった?」コーヒーをと私が言い終わらないうちに続きます。
「コーヒーか、いいね。今度は僕も一緒に行くよ」
「おすすめのお店があるんだ。ケーキが美味しいお店。カフェラテも甘くて美味しいんだよ。明日はどう?」
私は、時間があったら連絡するねと下を向きながら返事をして、スタスタと部屋に急ぎます。

 私はとっても気分屋で自分勝手なもので、だから私があなたを好きになるかどうかは私が決めないといけません。僕のことを好きになって欲しいという、私の心をコントロールしようとしているようなそれがどうしても受け入れられないのです。
 だってしょうがないでしょう? あなたが私のために椅子を引く。あなたが私のためにコーヒーを買う。私はただのイヤイヤ期だから、自分で出来ることは自分で出来るのですよとアピールをしないといけないのです。ごめんなさいね。でもそうしないと忘れてしまいそうなのです。私のコトは私が決めるということを。とっても大切なことなのに、なぜなのかしら、すぐに忘れてしまうから。

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