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旅エッセイ【ポスト】

 洗い髪の甘い香りが体にまとわりつく。髪をとかすたびに、懐かしい香りがむわりと広がる。
 この辺りのどの国に行っても売っている1番安いシャンプーの香りが、10年も前の記憶を呼び起こす。暑すぎるくらいに暑い国には、甘すぎるほどの香りが良く似合う。

 10年ほど前にもこの街を旅したことがある。その頃と比べるとこの街はだいぶ変わったように感じる。あるいは、私の記憶が変わったのかもしれないが。

 流しのタクシーがほとんど居なくなった。以前は、観光地に行けば、数歩歩く毎にタクシーのクラクションが鳴らされた。しかしいまはほとんど居ない。空港にいる個人タクシーも減った。
 タクシーの運転手との会話も減った。10年前、飛行機まで時間はあるのかと聞いてきたタクシーの運転手と、2人で観光地を巡ったことが懐かしくも思える。少し待ってて、と言われて待っていたら、朝ごはん食べてきたと笑顔で言われたこともある。

 タバコを吸う人が減った。以前は道でもバス停でもレストランでも、男の人たちがタバコを吸って談笑していた。いまはレストランで吸う人は、いない。道でタバコを吸う人は多少いるが、それもその多くが電子タバコに代わっている。
 今ではショッピングモールや空港、スーパーの入口付近にも禁煙の看板が貼られている。警備員などに喫煙所の場所を聞くと、外で吸えと禁煙の看板の目の前を指差す。喫煙所の概念があまり普及していないのは変わらずのようだ。

 そういえば10年前に、絶対に開けられないであろう郵便ポストに友人への絵葉書を投函しみたことがある。ポストのすぐ裏にフェンスが建てられ、投函物の取り出し口を開けるスペースがなかったのだ。案の定、その絵葉書は友人には届かなかった。
 たしか田舎の風景の中で藁の作業をしているおばあさんの写真が写っていたはずだ。あのハガキはまだあのポストの中で日本へ旅立つ日を待っているのだろうか。それとも既に日本に送られて、もうそこには住んでいない友人ではなく、別の誰かの元へと届けられたのだろうか。

 10年もあれば、街のすべてが変わっていてもおかしくはない。けれども絵葉書を送りたい相手の住所をLINEで尋ねるというやり取りは、まだ変わっていない。

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