絶対なる存在から距離をおいた者は 不安と孤独の中に生きる Ceux qui s'éloignent de l'existence absolue vivent dans l'anxiété et la solitude Ichiyoh 目次「ある…
焦燥の扉 大地を沸騰させるような、激烈なる夏の陽光に射られ、石灰質の橋梁の下を歩み続ける男がいた。 蒼白な男の顔からは、無為なる時の流れへの、重くけだる…
七月の老人(物言わぬ人) 七月の蒼穹 静かなる村にひびく 優しき渡り鳥の歌声 遠い南の国の出来事を語る 鳥たちの囀りに そっと耳を傾ける 老爺 柔かな風は 木漏れ日…
浮遊する男 大都会の大きなカフェに座っていた。 もうどれほど其処に座っているのだろうか。自分を取り巻く風景も、街路を忙しく行き交う人々も、彼の網膜には曖昧…
解題「点滴と涙と見まごうほどの常無常に落ちる虚空を」 ”Sûrréalisme_Automatisme(自動筆記)による詩作の試み 「点滴と涙と見まごうほどの常無常に落ちる虚空を」…
寡黙なる隊列 浮遊する都市の影を 白髪の少年達が追う 高く掲げた両の手に 天空からこぼれ落ちる 時の雫を受け止め 駆けのぼる摩天楼の屋上から…
ピアノ 街のはずれに、その建物はあった。人影が絶えて久しい、古ぼけた石の館は、その外壁をすっかり野生の蔦に覆われ、まるで人が近付くのを拒むかのように、ひっそり…
死 緑の草原が森へと連なる丁度その境目に、赤瓦を葺いた小さな丸太小屋が、家畜小屋と並んで建っていた。 小屋の後の森を棲家とする鳥たちは、東の空が漸く白みかける…
愛しきパリの想い出 Hôtel Les Degrés de Notre-Dame 2/2 (Hôtel Les Degrés de Notre-Dame 1/2 より続く) 「晴れた日には、ノートル・ダム寺院の裏手の公園に出…
愛しきパリの想い出 Hôtel Les Degrés de Notre-Dame 1/2 大通りの喧騒から隔離された裏通り、rue des grands Degrés の静寂の中に、ひっそりと佇む 、古びた小…
水 地の底深く、誰も足を踏み入れたことのない闇の洞窟に、男の魂は導かれ、透明な肉体を石灰岩の台座に横たえる。 ゆっくりとしかし正確な間合いをおいて、洞窟の天井…
人 街中の道路に面した大きなカフェに座って、男は先ほどからあたりを眺めるでもなく、人々の陰影を曖昧な視線で追っていた。 多くの人々が彼の前を通り過ぎて行く。…
椅子の空白 白壁に向かう椅子の空白に、耳をそばだてる日々が、幾日となく続く。 部屋を飛び交う魚達の口許に滴る蒼黒い血は、えぐり出された私の心臓から流れ出…
風 生誕の喜びにも似た、蒼い風の一吹きが、貴女のガラスの胸をそっと撫で、 木立のざわめきの中に姿を消す。 ひとひらの羽の舞いに、語りかける言葉は踊り、 地上へ…
予感 生ある者が語るべきことではないのかも知れない。 だが何の脈絡もなく、「うつし世から去ってしまおうか」と云う衝動にかられるのは、己の身勝手からなのであろうか…
逃亡者 薄暗い部屋で、病に侵されたこの身が息絶えるのを、私は喜びと感じなければなるまい。 何故なら息することの悲哀は、死することへの怖れよりも、はるかに耐え難い…
一陽
2020年8月11日 18:56
絶対なる存在から距離をおいた者は不安と孤独の中に生きるCeux qui s'éloignent de l'existence absolue vivent dans l'anxiété et la solitudeIchiyoh目次「ある詩人の旅」● Parisに魅了されて● ある詩人の旅 1. ● ある詩人の旅 2. ● ある詩人の旅 3. ● ある詩人の旅 4. ●
2021年8月11日 22:41
焦燥の扉 大地を沸騰させるような、激烈なる夏の陽光に射られ、石灰質の橋梁の下を歩み続ける男がいた。 蒼白な男の顔からは、無為なる時の流れへの、重くけだるい憂愁の想いを読みとることができた。白霧の中を漂うような、不明瞭なる生への絶望と、悪寒を伴う対象のない怒りは、男の脆弱な内蔵をえぐり、起立していることさえ危ういものとしていた。 湿った土塀を木の槌で打つような鈍く低い音が、男の体内に
2021年7月27日 00:08
七月の老人(物言わぬ人)七月の蒼穹静かなる村にひびく優しき渡り鳥の歌声遠い南の国の出来事を語る鳥たちの囀りにそっと耳を傾ける 老爺柔かな風は木漏れ日を揺らし甘く涼しげな香りが肌を撫でる 喜びや哀しみときめきや落胆・・・ 夢と現に彷徨う彼の人の時を照らし続けた燭台の灯が今 静寂の中に消えゆこうとしている高台の鐘は遠き国へ旅立つ男の魂を讃え
2021年7月6日 19:35
浮遊する男 大都会の大きなカフェに座っていた。 もうどれほど其処に座っているのだろうか。自分を取り巻く風景も、街路を忙しく行き交う人々も、彼の網膜には曖昧な陰影としてしか、映し出されてはいなかった。 意識は其処に無かった。何かまとまりのない想いが頭の中をグルグルと駆け回り、自分自身を、なにやらはっきりとしない、頼りなげなものとしてしか感じられていなかった。 男は、断片化された時間
2021年6月24日 13:41
解題「点滴と涙と見まごうほどの常無常に落ちる虚空を」”Sûrréalisme_Automatisme(自動筆記)による詩作の試み 「点滴と涙と見まごうほどの常無常に落ちる虚空を」 ”1970年の秋日あの日私は確かに旅立とうとしていたのか?新宿風月堂の2階の椅子に私は座っていたそこが私の数少ない安堵の場所であったウエイターが運んできた薄いコーヒーを口に含みながら、私は逡巡していた
2021年6月14日 00:44
寡黙なる隊列 浮遊する都市の影を 白髪の少年達が追う 高く掲げた両の手に 天空からこぼれ落ちる 時の雫を受け止め 駆けのぼる摩天楼の屋上から 砂嵐の谷へと身を投げる 無情なる黄灰色の霧に覆われた (basalt)玄武岩の峡谷には 生臭い息を吐く 獣達が群れ成し 福音の衣を纏った 少年達の隊列に襲いかかる 古の大地を駆け抜けて来た巨大な風は
2021年6月9日 11:41
ピアノ 街のはずれに、その建物はあった。人影が絶えて久しい、古ぼけた石の館は、その外壁をすっかり野生の蔦に覆われ、まるで人が近付くのを拒むかのように、ひっそりと其処に建っていた。赤く錆びついた分厚い鉄の門扉には、荘厳なバラのレリーフがほどこされ、かつての住人の威光をかいま見ることができるのであった。 柔らかな陽射しに包まれた、春の日のある朝、男はその門の前に佇み、館から漏れ聞こえる透明な
2021年5月17日 13:18
死 緑の草原が森へと連なる丁度その境目に、赤瓦を葺いた小さな丸太小屋が、家畜小屋と並んで建っていた。 小屋の後の森を棲家とする鳥たちは、東の空が漸く白みかける頃から目覚めの唄を歌い出す。 この小屋にもう幾十年も一人で暮らす男は、彼らの歌声で毎朝目を覚ますことに、この上もない幸せを感じていた。まるでヴィヴァルディのLe Quattro Stagioni の La Primavera 2楽章
2021年4月30日 19:35
愛しきパリの想い出Hôtel Les Degrés de Notre-Dame 2/2(Hôtel Les Degrés de Notre-Dame 1/2 より続く) 「晴れた日には、ノートル・ダム寺院の裏手の公園に出かけ、ベンチに腰掛けて本を読んだり、セーヌの川沿いの古本屋をひやかしながら、ゆっくりと散歩をします。いえ、晴れた日ばかりではありません。雨の日も私はセーヌの川沿いを散歩し
2021年4月30日 19:07
愛しきパリの想い出Hôtel Les Degrés de Notre-Dame 1/2 大通りの喧騒から隔離された裏通り、rue des grands Degrés の静寂の中に、ひっそりと佇む 、古びた小さなホテルがある。レ ドゥグレ ドゥ ノートルダム、このホテルの2階の窓を開け放ち、私は道を隔てた小さなカフェに座る犬を連れた女性を、先程からずっと見つめ続けている。 白地に
2021年4月19日 12:42
水 地の底深く、誰も足を踏み入れたことのない闇の洞窟に、男の魂は導かれ、透明な肉体を石灰岩の台座に横たえる。 ゆっくりとしかし正確な間合いをおいて、洞窟の天井からぶる下がる石灰柱を伝わり、ごく小さな水滴はしたたり落ちる。 もう幾万年という年月の間、この小さな水滴は、まるで水琴のような、えもいわれぬ心地よき音を、あたりに響かせ続けてきたのであった。 男の透明な肉体と魂は、安らぎの中に浸る。
2021年4月15日 14:55
人 街中の道路に面した大きなカフェに座って、男は先ほどからあたりを眺めるでもなく、人々の陰影を曖昧な視線で追っていた。 多くの人々が彼の前を通り過ぎて行く。 颯爽と胸を張って歩く若者。 せかせかと忙しそうに歩くサラリーマン。 悩みでもあるのだろうか、うつむき加減に背を丸めて通り過ぎる中年男。 ぴったりと体をくっつけて、自分たちの世界にひたりきって歩く男女。 自転車に荷物をいっぱい
2021年3月25日 17:35
椅子の空白 白壁に向かう椅子の空白に、耳をそばだてる日々が、幾日となく続く。 部屋を飛び交う魚達の口許に滴る蒼黒い血は、えぐり出された私の心臓から流れ出たものだ。終日陽は輝くことを拒み、腐臭漂う闇が私を包む。ひび割れた眼球から伸びる針金は螺旋を描き、荒れすさむ海の彼方、沈みゆく難破船のマストに絡みつき、かすかなうなり声を上げる。 人食い鮫の歯ぎしりは乙女の華麗な涙を誘い、
2021年3月23日 11:42
風生誕の喜びにも似た、蒼い風の一吹きが、貴女のガラスの胸をそっと撫で、木立のざわめきの中に姿を消す。 ひとひらの羽の舞いに、語りかける言葉は踊り、地上へ緑の影を投げかける。私の歩む路のかなたに貴女はたたずみ、草原からもれ聞こえるオルガンの音に抱かれる。時の叫びは、ある時は悲しく、ある時は優しく、私たちを取りまいていく。さあ、樫の木の椅子にお座り、柔らかな若草を敷いて。
2021年3月22日 00:49
予感生ある者が語るべきことではないのかも知れない。だが何の脈絡もなく、「うつし世から去ってしまおうか」と云う衝動にかられるのは、己の身勝手からなのであろうか。はたまた思いもかけずここまで永らえてきたこの身を、この先どう処するかと云う自らへの問いに対する、空しきひとつの解なのであろうか。この世から滅する事が恐怖なわけではない。永らえる事が不安なのだ。ここで私は、自ら意を持って踏み
2021年3月4日 13:53
逃亡者薄暗い部屋で、病に侵されたこの身が息絶えるのを、私は喜びと感じなければなるまい。何故なら息することの悲哀は、死することへの怖れよりも、はるかに耐え難いものであるから。 晴れやかな娘たちの笑い声に、私は思わず耳をふさぐ。私には眩しすぎるのだ。 暗闇の中で、薄汚れた白壁に向かう日々が幾日となく続く。 虚ろに開かれた私の眼には、追憶と悔恨しかもはや映らない。「未来という言葉に