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ルドルフ・コンプレックス ゼンティス編(31)
エピローグ
アッペンツェルアルプスの急峻な谷に爆音が響き渡る。
「コントロール、こちらオスカー・ワン。予定通り一〇三〇到着予定」
「こちらコントロール、了解したオスカー・ワン」
「こちらオスカー・ワン、天候は問題ないか」
「こちらコントロール、現地は少しガスってる。気をつけろ」
機体は前方の巨大な岩を避けて左旋回した。突然、霧に隠れていた反対側の絶壁がヨナスの眼前に出現し、機体は吸い寄せられ
ルドルフ・コンプレックス ゼンティス編(28)
第3章 ゼンティスゼンティス山頂 アルター・ゼンティス 3
風が少し収まって目を上げると、さっきまで誰かがいた所に人影はない。ヴァーツラフはそこまで這うように進み、崖下を覗き込んだが漆黒の闇が広がるばかりで何ひとつ見えない。転落したのだろうか。その時急に今まで吹きつけていた風がやみ、月が姿を現した。満月の光は思いのほか明るく周囲を照らし出した。崖の下に何かが光るのが見える。ヴァーツラフはそこま
ルドルフ・コンプレックス ゼンティス編(26)
第3章 ゼンティスゼンティス山頂 アルター・ゼンティス 1
「それは外に出てから。いま着けたら床が傷だらけになるよ」
「あ、そうか」
ヴァーツラフはアイゼンを手に持ってぶらぶらさせている。エミリアはお互いの雪崩ビーコンのスイッチを入れ、テストしてから彼に渡した。
「ホルダーにしまっといて」
ヴァーツラフは素直に腰ベルトに付けたホルダーにセットした。さらに彼女はピッケルを渡す。「これはザックの
ルドルフ・コンプレックス ゼンティス編(24)
第3章 ゼンティスザンクト・ガレン州シュヴェーガルプ
「おぉ…」
ゼンティス山の麓シュヴェーガルプにはロープウェイの駅とホテルしかない。駐車場に車を止めた二人は凍りついた外気の洗礼をまともに受けた。
「大丈夫、すぐ慣れるから。それより早く後ろ、開けて」
二人は大きなリュックを背負ってロープウェイの駅舎に入った。しかし建物の中は、あきれたことに外と同じ寒さだった。チケット売り場の窓は暖房が漏れ
ルドルフ・コンプレックス ゼンティス編(23)
第3章 ゼンティスプラハ 美術史研究所
「はい。エジプトとの共同調査の時に」
長い黒髪を際立たせるような鮮やかなスカーフを首に巻いたその女性は、クラーラには少し若すぎるように思えたが、履歴は申し分ない上、各地で遺跡発掘調査の経験も積んでいるらしい。
「素晴らしい経歴だ。あなたなら、パリでもハーグでも十分やっていけると思うが」
「でも、ルドルフ二世時代の研究はここが一番ですから」
そう言って笑
ルドルフ・コンプレックス ゼンティス編(21)
第2章 3つめのスケッチプラハ ファウストの家 2
「男の名はグレゴール・アントン・クロイツポイントナー。夫婦はハインリヒとレナ・ハース。クロイツポイントナーはバイエルンからスイスのアッペンツェルにやって来た。19の頃だ。靴職人だったがスキーと登山が得意で、地元のスポーツクラブでは人気者だった。私の説はこうだ。その頃、彼は裕福なメレンドルフ家の娘ヴィルヘルミーナと知り合い、愛し合うようになる。メ
ルドルフ・コンプレックス ゼンティス編(20)
第2章 3つめのスケッチプラハ 美術史研究所
「捨てた?」
クラーラは書類に落としていた目を上げて正面に立っているヴァーツラフを見た。
「はい。ミリィ、いえエミリアから連絡がありました」
「ミリィ?もしかしてウィーンのプフィッツナー博士のことか」
「決まってるじゃないですか」
「それはそれは…」
クラーラは改めて自分の部下を眺めた。若干気弱ではあるが真面目そうだし見た目も悪くない。いままで女
ルドルフ・コンプレックス ゼンティス編(19)
第2章 3つめのスケッチウィーン ヴェーリンガー通り
「あの子、いったいどういうつもり?あたしたちみんな、あの子に振り回されてたってこと?何が不吉よ、何が呪いのペンダントよ!バカじゃないの」
ウィーン大学美術史研究所にほど近いカフェのテラスは、テーブルの間に点在するストーブのおかげで意外に暖かかった。エミリアはタバコの煙を吐きだして天を仰いだ。
「しかたないよ。プライベートなことなんだから」大
ルドルフ・コンプレックス ゼンティス編(18)
第2章 3つめのスケッチ京都府南丹市
「え?なんでそんなこと聞くの?もう何度も謝ったじゃない」
京都府中部の小さな盆地にあるその学校は、工芸の実践的な教育を主眼としている。もともと留学生は少なく、仏像彫刻科にはパトリツィア一人だけだったが、彼女にとってはそんなことはまったく問題にならなかった。通常、仏像彫刻を学ぼうとすれば仏師に弟子入りするしかなく、そうなると住み込みで10年はかかってしまう。