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接吻との再会(もしくは犬のTシャツ)

パンダ族を避けてクリムトに逢った。

年号が変わって3日目。
午後の予定が無くなったので、
急遽東京都美術館に行くことにした。

クリムト展がやっていることは、
渋谷駅で知った。

井の頭線のホームを降りたところの
ポスターはいつもどうしてあんなにも
魅力的なのだろう。

渋谷駅と新宿駅には、
クアトロボードと呼ばれる
掲示板があるのだがあそこに
載っている展示を何度観に行ったことか。

あまり興味の無い、
映画『仮面ライダージェネレイションズ』も『ういらぶ。』もめちゃくちゃ面白そうに思えた。

そもそも、駅や電車の広告は不意を
突くように僕らの消費を促してくる。

広告への興味関心を遮断して生きる僕らを
「はい!つかまえたー!」ってな感じで
行く先、逃げる先で待ち構える。

それでだ、
ほぼ毎日のように「クリムトいかがっすか?」と宣伝を受けていた僕はサブリミナル的に思い出し、導かれるかのように上野の街に繰り出した。

祝日の上野はカオスだ。
シャンシャン目当てのパンダ族、
手つなぎ目当てのロマンス族、
博物館・美術館目当てのミューズ族といった
だいたいこの3つの民族でごった返す。

僕は3つ目のミューズ族なのだが、
17時頃になると不思議とパンダ族とロマンス族は上野の街から姿を消し始める。

その時間帯を狙って部屋を出た。
これが見事に正解で、
僕は民族大移動の流れに完全に逆らう形で
東京都美術館へとたどり着いた。

僕がここに来たのは、
渋谷で広告の洗礼を受けすぎたこともあるが、
そのポスターを見てなんだか胸騒ぎがしたと言うか妙なときめきを感じたからだ。

その理由は、
全ての絵画を見終わった後の売店で分かった。

僕は見覚えのある一枚のクリアファイルに出会った。
そのクリアファイルには、
今回は展示されていなかったクリムトの代表作『接吻』が印刷されていた。

そうだ、あのTシャツだ!
僕はすぐに思い出した。

マンションに暮らしていた頃だから、
たしか4歳か5歳ごろの記憶だ。

ある日の夕暮れ、
僕はこの『接吻』が胸の位置に印刷された
Tシャツを母親に着せられた。

当時、この絵が男と女がまさに口付けんとする瞬間を切り取ったものだとは当然わからなかった。

僕は「左を向いた犬の絵」だと思っていた。
もっと言えば、「犬のTシャツの絵」だと思っていた。

たしか、犬種はスヌーピーの仲間で
口付けしようとする男の頭が犬の耳に見えていた。

しかし、今ここにある『接吻』は
どこからどう見ても口付けの瞬間だ。

どうしても「犬の絵」には見えない。

これは僕が大人になったからなのか、
想像力を失ってしまったからなのか分からない。

でも、初めて出会ったクリムトの『接吻』は
あまりにも美しかった。

クリアファイルだったけど。

犬の絵のTシャツは一度着て、
洗濯したら縮んでしまったので着れなくなったことまで覚えている。

だが、あの日見た犬の絵はもう思い出せない。

この話を母親に電話したところ、
16年前に僕をクリムト展に連れて行った
話をしてくれた。

僕にはその記憶はまったく無かった。

でもとりあえず、
若き日の母親と渋谷の広告に
心から「ありがとう」と伝えたい。

中川裕喜

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安住の地 第4回本公演
音楽劇『Qu’est-ce que c’est que moi?(ケスクセクモア)』

構成・演出:岡本昌也
音楽:バカがミタカッタ世界。

【公演日時】
2019年9月
13日(金)19:30
14日(土)14:00 / 19:30
15日(日)13:00 / 18:30
16日(月・祝)11:00 / 15:30

【会場】
THEATRE E9 KYOTO
住所:京都府京都市南区東九条南河原町9‐1

【チケット料金】
一般 3,000円 / U-25(25歳以下) 2,500円  ※当日料金+500円
高校生以下1,000円(前売・当日料金一律)
※受付にて学生証か年齢のわかるものをご提示ください。

https://ticket.corich.jp/apply/99747/
ご予約はこちらから。

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