中川裕喜

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  • ケスク“セ”もなく“モア”もなく。

    安住の地 第4回本公演 音楽劇『Qu’est-ce que c’est que moi?(ケスクセクモア)』PR企画。 本公演に関係があるようで関係がない、「決して“可”もなく“不可”もない」エッセイ。

最近の記事

秋夜は歩みが遅くなる。

夜道の電話では必ず月の話になる。 それは告白の言葉でもあるが「そろそろ電話を切りましょう」の合図でもある。 公演初日の夜は中秋の名月だった。 多少の疲れを引きずって、劇場を後にした僕は折り返しの電話に耳を傾けながら家まで歩くことにした。 電話の相手は中学までの同級生である。 差し入れへの御礼と、忙しさにかまけた素っ気ない態度を詫びたら、あとはたわい無い話しが続いて少しずつ英気が養われていった。 友人とはこれからの話をよくする。 お互いに迷いは無くとも悩みは多い。

    • 本音を言えば、チッチキチー。

      漫才コンビ大木こだま・ひびき師匠の 代名詞的ギャグと言えば「チッチキチー」。 たしか、僕が小学校2年生くらいのときに大流行した。 おかげで当時の教室には親指の先にサインペンで「チ」と書いた子供が何人もいた。 大木こだま・ひびき師匠の漫才には、 必殺フレーズが無数にある。 「そんなやつおれへんやろ〜」 「わからへんねや〜」「ボケとんのや〜」 「情けないんや〜」「往生しまっせ〜」などなど。 中でも一番好きなのが、 大勢のお客さんを前にして放つ 「わざわざ来てくれんでもよかっ

      • 生活はASMR

        今話題のASMR(Autonomous Sensory Meridian Response)は日本語に訳すと「自立感覚絶頂反応」という意味らしい。 高性能なマイクによって立体的に録音された“あの音”は、脳内で鳴っているようにモゾモゾと動いて未体験の心地よさを与えてくれる。 ASMRのYoutuberは“あの音”を作るために、 ノートをタッピングしたり揚げ物を食べたり、耳の形のマイクを撫でたり、耳かきをする。 僕が好きなのはシュワシュワの音だ。 耳の形をしたマイクの側

        • ごめんあそばせ、ギャングエイジ。

          大学の友人が今年から、 新宿のど真ん中にある小学校で働きはじめた。 しかも、 いきなり3年生の担任の先生をしている。 小学校3年生の頃の記憶など皆無に等しい。 年齢にして9歳ごろ。 誰と仲が良かったのか、 何に興味を持っていたのか、 運動会の演目はなんだったか、 好きな子なんていたのだろうか、 どういうわけかほとんど思い出せない。 僕にとっては特別な思い出が無い、 空白の一年だったのかもしれない。 友人から聞くところによると、 新任の小学校教員の多くは、

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        • ケスク“セ”もなく“モア”もなく。
          9本

        記事

          安住の地

          好きな場所は?と訊かれたら フードコートと答える。 あの場所にはいろんな人がいる。 小さな子どもを連れた家族、 デートに訪れたカップル、 授業終わりの高校生たち、 スーツを着たサラリーマン、 クロスワードをするおばさん、 歯が数本しか無いおじさん。 そんな本当の老若男女が、 それぞれ異なる目的でそこにいる。 食事を楽しむ人も、 本を読む人も、 試験勉強をする人も、 ただぼーっとする人も、 僕みたいに文章を書く人も。 食事一つとってもたくさんある。 (フードコ

          安住の地

          それは7月の夜の四条通りよりも美しかった。

          僕がケスクセクモアの稽古場で、 親しくなった一人は役者の藤澤賢明さんだ。 藤澤さんと僕は、 共に京阪電車に乗って帰るので稽古終わりの四条通りを一緒に歩くことがある。 その日もたまたま同じタイミングで稽古場を後にしたので駅まで歩くことにした。 二人とも「安住の地」の芝居をまだ観たことが無いという共通点があり、帰り道には決まって「いやぁ、面白いっすよねー。安住の地」という話にはじまり、その日の稽古の感想について話し合ったりする。 藤澤さんはフリーの役者で、 普段は

          それは7月の夜の四条通りよりも美しかった。

          接吻との再会(もしくは犬のTシャツ)

          パンダ族を避けてクリムトに逢った。 年号が変わって3日目。 午後の予定が無くなったので、 急遽東京都美術館に行くことにした。 クリムト展がやっていることは、 渋谷駅で知った。 井の頭線のホームを降りたところの ポスターはいつもどうしてあんなにも 魅力的なのだろう。 渋谷駅と新宿駅には、 クアトロボードと呼ばれる 掲示板があるのだがあそこに 載っている展示を何度観に行ったことか。 あまり興味の無い、 映画『仮面ライダージェネレイションズ』も『ういらぶ。』もめち

          接吻との再会(もしくは犬のTシャツ)

          塔浪記〜或いはマサイの奮闘記〜

          念願叶って太陽の塔の中を観た。 高校生の時にBOOKOFFにて百円で買った『自分の中に毒を持て』を読んで以来すっかり岡本太郎の虜である。 上京したての頃は、 TAROフリークの友人と共に “TAROめぐり”と称して関東各所にある岡本太郎ゆかりの地を巡ったりもした。 “芸術は爆発だ!”が最も有名な岡本太郎の言葉だが、僕が好きなのは“字は絵だろ”である。 “字は絵だと思う” みたいなどこぞの広告みたいな無責任な言葉じゃなくって理不尽なまでに言い切っちゃうその強さに

          塔浪記〜或いはマサイの奮闘記〜

          なぞなぞの犬

          連休になると犬が来る。 叔父と叔母の家に暮らす柴犬の「ウニちゃん」は、車酔いが酷いので旅行が出来ない。 そのため、叔母が地元に帰省する度に彼は自宅から30分ほど車に揺られて、よだれをダラダラと垂らしながら僕の実家へ居候しにやって来る。 親戚と言えど客人(犬)を迎える我が家は、ゴールデンウィークも盆も正月もお犬さま中心の生活を余儀なくされる。 このウニちゃんは中々の苦労人(犬)で、ペットショップに殺処分ギリギリまで売れ残っていた。 そして、叔父と叔母が店に訪れた時には

          なぞなぞの犬