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秋夜は歩みが遅くなる。

夜道の電話では必ず月の話になる。
それは告白の言葉でもあるが「そろそろ電話を切りましょう」の合図でもある。

公演初日の夜は中秋の名月だった。
多少の疲れを引きずって、劇場を後にした僕は折り返しの電話に耳を傾けながら家まで歩くことにした。

電話の相手は中学までの同級生である。
差し入れへの御礼と、忙しさにかまけた素っ気ない態度を詫びたら、あとはたわい無い話しが続いて少しずつ英気が養われていった。

友人とはこれからの話をよくする。
お互いに迷いは無くとも悩みは多い。

これからこれがしたくってねー。
でも、これからこれをしなきゃいけなくってねー。

そんな堂々巡りの話を呑気に話している。
恐らくこれらはとっても無駄な時間だ。

そうとは分かっていても、
秋の夜長はそういうムードにさせてくる。
鈴虫が鳴いていて、
まだ微かに蝉の声も聞こえる。

僕は秋の生まれだからか、
この季節が一番好きだ。

誕生月や季節は自分が少し
強くなった感覚にならないだろうか?
スーパーマリオがスターを取った時のような。

不思議なベールに包まれて、
堂々巡りの会話は続いていく。

うーん。どうだろうねー。
わからないねー。
なんとかなるかなー。
まだ若いしねー。

そんな答えの無い電話をしている時間は、
なんだかとっても幸せなひとときだった。

薄々気づいているのは、正解は分からないってことだ。

あぁ、あの時こうしておけば良かったなー。
なんてことばっかりで毎日は出来ていて、
そうやってまた成功したり失敗したりする。

僕は声に耳を傾けながら、自宅まであと500メートル程の距離をiPhone片手に側溝を踏み外したら負けってゲームをはじめた。
仮に踏み外してもまた当たり前のように次の一歩から始めたりして。

玄関に着いてしばらくしたら、
僕は自然と夜空を見上げていた。

そして、
月が綺麗だって話をして電話を切った。

中川裕喜

全公演無事に終了致しました。

ありがとうございました!
本連載企画もこれにて終了。

またお会いしましょう。


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