【エッセイ】大人になって・生まれた街で
実家のそばに家を建てて引っ越して
3週間近く経った。
住んでいる建物は新しいし
街の様子も昔とは違う。
よく犬の散歩をしていた
田んぼ道の上に住んでいると思うと
何だか感慨深い。
ほんの十数年でこの街は
すっかり変わってしまった。
家の窓から見えるドラッグストアの明かりは
夜でもまぶしく差し込んでくる。
もう戻らない緑色の景色を想って
なんだか悲しくなった。
のは初めだけで
ほんの数分歩けば日用品から
生鮮食品まで何でもそろう環境に
すっかり慣れてしまった。
どうやら私は
意外にも環境適応力が高いらしい。
*
私は実家を離れてから
腰を痛めたのがきっかけで
良く外を歩くようになった。
買い物だったり健康の為だったり
ただの気分転換だったり。
外に出る理由は色々だ。
でもなぜかこの家に引っ越してからは
ほとんど散歩をしていなかった。
ここはいわゆる「閑静な住宅街」で
何となく外をうろつくのは気が引ける。
特に夜。
おっさんが一人で歩いていたら
たぶん怪しさこの上ない。
それに
この辺りは夜になるとかなり暗い。
街灯は少ないし、
車通りもほとんどない。
お察しの通りここは結構な田舎だ。
*
今日は満を持して夜の散歩に出かけた。
ちょっと体重が増加傾向なので
これ以上怠けるのは良くないと
どうにか自分を奮い立たせた。
まだちょっと肌寒いけれど
半ズボンに半袖のTシャツを着て
軽く上着を羽織って出かけた。
動けばそのうち暖かくなるだろう。
目的地はかつて通った小学校にした。
あの頃友達と歩いた道を
大人になって一人で歩いてみる。
どれくらい時間が掛かるだろう。
なんだか少し楽しくなってきた。
*
近所の家は
昔と変わらない様子のものも多い。
子供の頃は何も思わなかったが
3階建てのあの家は
かなりお金が掛かっていそう。
自転車で良く駆け下りた
砂利敷きの坂道を見つけて
なんだかおかしくなった。
そういえばピンク色の姉のお古の自転車を
青色に塗装してもらって乗っていたな。
集団登校で一緒に小学校へ通学していた
あの子たちは
大人になって、まだこの街に居るのだろうか。
クリーニング屋の息子の家に遊びに行っては
テレビゲームをしているのを
横で見ていたのを思い出す。
初めてのポケモンは
彼に借りた緑バージョンだったな。
うどん屋さんはいつの間にか
カラオケスナックへと華麗なる変身を遂げていた。
入ってみたい衝動にかられたが
まだスナックの楽しさを
私は理解できていないのでやめた。
4階建てのビルは今でも
変わらない姿でそこにあった。
今も昔も
何のためのビルなのかよく分からない。
最寄りのコンビニはローソンで
この辺りでは恐らく最も明るい場所だ。
子供の頃には無かったが
その頃そこに何があったのか全く思いだせない。
*
小学校の近くまで来ると一気に
あの頃の記憶達がが蘇ってきた。
黄色のゲームボーイ(ポケット)で
友達と遊んだテリーのワンダーランド。
(私の通っていた小学校は
ゲーム持ち込みOKだった。)
ポケビのPowerという曲を
歌いながら歩いたあの日。
10位になったマラソン大会。
グミの木。
おはようおじさん。
段に上がれば
ステージに早変わりするピロティ。
毛虫の粉をまき散らす危険な木。
(ぶつぶつになった。)
中庭で飼っていた
ピエールという名前の凶暴な鶏。
近所の女の子が飼っていた
リーヤという名前の柴犬
(赤ずきんチャチャの
登場人物からとったのだと思う。)
手を繋ぐのが照れくさかった遠足。
水たまりの氷を割って歩いた冬の道。
友達と用水に葉っぱを流して競争した事。
どの記憶も不思議と
きらきら輝いているように感じた。
いつの間にか冷えていた身体と一緒に
心までも暖かくなった。
*
私はいつの間にか大人になった。
でもこんな風に
子供の頃を思いだすことが出来る。
「大人」なんてただの肩書で
年をとったからと言って
誰もが簡単に大人に成れるわけじゃあない。
20歳になったから。
社会人になったから。
結婚したから。
子供が出来たから。
何かをきっかけに
私たちは急に大人になるわけじゃあない。
結局私たちは
世間が決めた「大人」の姿を
演じているだけに過ぎない。
だからいつでも
「子供」に戻ることが出来る。
たぶんみんな
「子供」の自分を持ったまま生きている。
私の生まれた街は
私を子供の頃の私に戻してくれた。
些細なことで
うきうきわくわくしていた事を思いだした。
人生まだまだ捨てたもんじゃない。
きっとまだまだ
楽しいことや嬉しいことが溢れている。
子供のままで。
大人になって。
今、確かに幸せだ。