近所づきあい

住環境選びは優先事項だにゃん

環境を変えることで、考えもしなかった日常を送ることになる。 住環境が突然、変わるということは、 転勤しない人にとってはあまりピンとこないかもしれませんが、 転勤を繰り返しているとそれは普通のことです。 突然だろうがなんだろうが、問答無用で住居が変化します。 田舎から都会へ、都会から田舎へ・・・ はたまた、海外の人もいるかもしれません。 環境が変わることによって困ったことが起きたりもしますが・・・ それでも、なんとかクリアできたりします。 だから、いつで

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CtoCはしんどい、という話

イラストレーター・取材&コラムニストの陽菜ひよ子です。 その仕事をしてみて初めて見える世界ってありますよね。いい意味でも悪い意味でも。 たとえば、わたしはいわゆる「サラリーマン家庭」に育ったのですが、昔、年長の人に言われて、当時はあんまりしっくりこなかったけれど、今は納得できる話にこんなことがあります。 自営業者になってはじめて見えた世界 「会社員の家に育った人は会社員の人と、自営業の家に育った人は自営業の人というように、実家と似た仕事の人と結婚した方がうまく行く」

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noteでご近所づきあいしたくなった話。

こんにちは、森大です! 美容皮膚科医をしながらファイナンシャルプランナーとしても活動しております! 僕は最近こんなことを思っています。 「なかなかnoteでのつながりが増えないなぁ…」 「せっかく続けるなら人とのつながりも大事にしたい。」 というのもコロナ禍、とくに緊急事態宣言下において外出することもほとんどなくなりましたし、友達と会うこともめっきり減りました。 リアルの環境がそんな状態の今、SNSや自分のコミュニティなどで人とつながることが支えであったりします。

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ルーフトップ・パーティー

今回のテーマ:ホームパーティー by らうす・こんぶ ニューヨークに住んでいたときは、「どうしてニューヨークに行こうと思ったの?」とよく聞かれた。それに対する私の答えは、「ニューヨークで普通の生活がしたかったから」だった。 ホテルではなく自分が契約したアパートに住み、スーパーで買い物をしたり、アパートで食事を作ったり、仕事をしたり、ジムに行ったり、友達を作ったり、友達を呼んでパーティーをしたり…というような生活をしたいと思った。 ボロだが広いアパートに引っ越して、やっ

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近所つきあいは難しい

 いまの住居に住んで18年になる。転勤族だったので、私自身は、半分の9年ほど。最近になって、定住している。勤めを辞めて年金生活者、68歳であり、もう普通のサラリーマンはしたくない。何か特殊な仕事があればやるが、もうないだろう。死ぬまで自宅で悠々自適の生活が続く。私自身は、それは半分望むところ、家族を含め近所の方々等は、どっかいけばいいのにと思っていることだろう。  特に、近所づきあい、単身赴任で、入居した当時の人でも、かなり様子が変わっている。こどもがいるやいないの時期から

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#今日の夜さんぽ ウロウロと徘徊しているけど、通りがかると犬が吠える家は、2軒。うち、1軒は一回だけ。もう一軒もたまに。そのうち、犬は吠えなくなるんじゃない? 保育園児も飼い犬もうるさい。自分が聞きたい音だけ聞きたい。ご近所付き合いって難しい。

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コロナ、 マイ エブリデー ビア by こんぶ

今回のテーマ : コロナ生活 1年数ヶ月前まで”コロナ”と言えば、”あれ”ではなく、私のエブリデービアだった。アパート近くの通りの角に小さなグロッサリーストアがあって、私はそこでほぼ6日に1度、コロナビールの6本パックを買っていた。その店は近所に住むスペイン語を話す人たちでけっこう繁盛していたが、アジア人のお客は1度も見かけたことがなかった。 中南米からの移民とおぼしき40〜50代の夫婦が営む店で、なぜだか店の名前は「カリフォルニアデリ」。9年前に引っ越してきたとき、コロ

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おとなりさん4章 チャチャ(1)

今日は5時から英語の塾だ。ランドセルを置いたら、早いとこボスの散歩をすませなくちゃ。かけ足でガレージをぬけ、玄関のドアに飛びつこうとしたら、左手の垣根の向こうで黒っぽいものが動いた。だれ?   白いバラの垣根の下をすかして見た。                           「ゆうたじゃないか。何してるんだ?」                                                        きいてみたって、返事は期待できない。東となりの泣

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自立

兵庫の五十君です。 このコロナ禍で、数年前にオランダの田舎町に住んでいた時に、家族ぐるみで本当にお世話になった友人たちと久々に連絡を取り合いました。ありがたいことにお互いの無事を確認でき、これがおさまったら必ず会おうと約束しあいました。 彼女たちに出会った当時、私は長男6歳次男2歳の2人を抱え、慣れない異国の地でのワンオペ育児に不安もたくさんありました。そんな時、息子と同じ学校のいろいろな国のお母さんたちや近所の友人たちのあたたかさにどれほど救われたかわかりません。そのお

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なくてはならない ご近所の助け

認知症の父をサポートしていた母が、とりこんでいた洗濯物をふんでつまづき、頭を打って長期の入院。新年早々から、父のケアをどうするかという難問にぶつかった。 それまでの週2回の全日デイサービス、2回の半日のリハビリ型デイサービス、訪問リハビリをつなぎ、合間をケアしていた母の代わりは、夫と娘たちと分担しても難しいところ、母の近所の友達で、父もよく知っているNさんが、知っているようで知らなかった実家のいろいろを教えてくれた。 最初、できるだけ、自分たちでやろうと頑張りすぎて、私は

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