見出し画像

#16 お隣さんとの日常

冬の間に落ちた小枝や残りの落ち葉などを集め、庭を整える作業をしながら早春の日差しを受け、また皮膚の老化を加速させるアラフィフ。

3月に入って球根類が咲き始めたが、去年より1ヶ月は季節が早い気がする。

冬でもなくかといってまだすっかり春でもないという、たゆたって属するところがない季節の間。

清少納言(いきなり)は春はあけぼのといったが、春は断然夕暮れ。薄ぼんやりとして、まどろんでいるような夕方の淡い光に包まれる景色がなんとも好き。

遠い日のそんな三月、暖かかったので遅くまで庭仕事をしていたある夕方、お隣の奥さんが仕事から帰ってきて家に入っていったと思ったら、ワインの入ったグラスを2つ持って出てきて一杯いかが?と渡してくれた。

ホコリと土にまみれた手袋を外してそのワインを頂き、二人で庭の端に座って話したことが10年以上経った今でもとてもいい思い出として残っている。


我が家とお隣さんは昔から仕切りがない、といってもこの辺りでは珍しいことではないが多分家が建った当初からない。

町に残っているかなり古い航空写真にも写っておらず、昔は一つの家族だったのではないかと言われたりもしていて、図面でも敷地の境界がとても微妙なところにある。


いつも明るく声を掛けてくださるこの奥さんを引っ越して初めて見た時の第一印象は、女優さん?!だった。

背が高くて、肩のところできれいに切り揃えられた髪と、堀の深いあまりにも整ったお顔で自分も同じ人間であることを一瞬忘れた。

お勤め先は大手のホテル、毎日パリッとした装いで出勤。そして休日にはエプロン姿で旦那様が焼く外のバーベキュー台とキッチンを行ったり来たり。

4人家族で、私たちが来たとき娘さん二人はまだどちらも高校生。

広いお庭では愛犬のゴールデンレトリバーが放し飼いになっていて、いつも気持ちよさそうに寝っ転がり、ご夫婦に呼ばれると嬉しそうにしっぽを振って勝手口から入っていった。


リアルアメリカ映画、こんな生活本当にあるんだと思った。


  かたや...

引っ越し当初の私達は、初めての土地での生活と初めての商売。毎日自分が何をやっているのかもよくわからないまま、紅葉にも、通りの向かいに何があるかも気づかず、朝食から掃除洗濯に追いまくられ、その合間に庭仕事やペンキを塗ったり小汚い格好で一日駆けずり回っているという生活。

てんやわんやなカップルがやってきたなと思ってみえたことだろう。

ご主人さんは建築業の傍ら、乗馬やボートが趣味で、ゴールデンレトリバーを車の助手席に乗せて出掛けて行く姿を見ては、あの家の犬になりたいとよく思ったものだった。

幸いにもお隣さんは新入りの私達を最初からとても温かく迎えてくださり、まるで自分の敷地のように芝刈りや雪かきまで毎年手伝ってくださった。

うちの駐車場を使って家の裏にある旦那さまのボートの出し入れや修繕をされていたのもあったからだと思うが、一緒に庭を作ったりお喋りしたり、敷地はどちらのものでもあるような、ないようなという壁のない関係は心地良かった。

そういえば書きながら思い出したが、昔は裏の木にツリーハウスがあった。

私たちが来たときにはもうちょっと危なっかしい雰囲気になっていたが、娘さんたちが小さいときにご主人さんが作られたもの。

ただ一つだけ悩ましかったのは、ガレージに一般家庭にこんなもんないでしょうという重機があり、それの出す音がすごくてあれだけは勘弁して欲しかったが、それを差し引いてもいいお隣さんだった。


なんか夫がいないなと思っていると向かいのキッチンでビールを飲んでいるのが見えたり、また別の日は娘がお姉ちゃんとご飯を頂いていたり、ちょっと用事でドライブ行くからと暇そうな娘を乗せて行ってくれたり本当に良くしていただいた。


 そのお隣さんが引っ越されたのは3年前。

奥さまの退職が半年後に迫るパンデミックのときで、田舎の家を探す人も多くFor Saleのサインが出てからあっという間に家は売れた。

娘たちが出ていったら将来は小さい家に引っ越すという話はずっと聞いていたから、いいタイミングでついにその時がやって来たのだろう。

置いていかれるようで寂しかったが、いつまでも一緒じゃいられないよねと家財道具が徐々に運び出されるのを見ながら心の整理をしていた。


週末ごとに開催される家の見学会には何組もの家族が来ていて、家と庭の大きさからいって次もきっと子供と犬のいる家族だろうと想像していたら、やってみえた新しいお隣さんはとても小柄な60代くらいの女性一人で、犬は当たっていたが小型犬だった。


将来は家族を呼び寄せたりされるのかなと思っていたが、3年たった今もその気配はない。


 ずっと一人と犬2匹、今は1匹暮らし


入居されしばらくして挨拶したとき、都会のアパートから引っ越されたということを聞いたので、大きな家でもう慣れた?と聞くと、「こんな家買って私なに考えてたんだろう。」と。


その意外な返答に思わず吹き出してしまった。

「一番高い値段を提示したのは別の人なのに、どうして私に売ったんだろう。」と話ながら考え込んでいた。

突拍子もなくこんな大きな家を一人で買ってしまう人が目の前にいることに驚いたが、話しているうちにこのウラオモテのなさそうな新しいお隣さんが好きになり、前のお隣さんがこの方に買って欲しかった理由がわかったような気がした。

ところが新しいお隣さん、入居早々から近所へ犬の散歩に行ってつまずいて結構な怪我をしたり、アイスクリームを食べに行って駐車場で車をぶつけていきなり代車になったり、自分のガレージの暗証番号を忘れて家に入れないと助けを求めに来たり、先代とは180度違うタイプ。

地下へ行こうとして階段から落ちたと電話があり、夕方救急病院へ走ったこともあった。

一人で生活しているのが奇跡なくらいおっちょこちょい。

携帯にテキストが入ってくると今度はなにが!?と慌てるが、youtubeのかわいい動物ビデオのときもある。

先日も旅行に出掛けたと思ったら、洗面所のヘアドライヤーの電源が入りっぱなしかもしれないから見て来て欲しいと空港から連絡。

入居されてからのなんやかんやで、前のお隣さんの時より頻繁に訪問するようになった家に行くとドライヤーは洗面所にはなかったが、探したらコードを巻いて隣の部屋にきちんと置いてあった。

お留守の間預かっている植物


やっと冬が終わるというタイミングで何故かカナダでオーロラを観てくると出掛けて行ったが、滞在中の天気予報が全部曇りなんだけど…というメッセージが来た。


なんか全部が彼女らしくて、今週は無人のお隣を見ながら旅の無事を祈る毎日。


オーロラが観れたら写真を送ると言ってくれていたけど、今のところ音沙汰なし



 今回も最後まで読んでいただき
     ありがとうございました

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?