東日本大震災から8年

心晴天❗️ありがとう
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東日本大震災を忘れない

『東日本大震災を忘れない』タウンニュース社 緑区編集室:坪田拓郎

『日付もの』が象徴するストーリー先行型報道 P86
 「日々のニュースで追いかけた『ネタ』がある程度収束してニュースバリューが落ちると、その事象は『日付もの』というラベルが貼られ、資料室にしまわれる。そして、日が改まってその日が近づくと、各担当者がネタ集めに奔走し、箱から出して眺めるというわけだ。ネタはないのか、ネタはないのか。変

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すべてを変えた あの日…(2)

2011.3.11  14:46

埼玉県の片田舎の公園に夫と犬の散歩にきていた。築山がありてっぺんに登りかけたとき…地面が揺れた。

土の下からぐおーおおおおと音がする。

座り込んだ土の下が回っていた。

駐車場に停めた車がひっくり返りそうなほど左右上下に私達と同じように揺れていた。

揺れがおさまったあとも公園は静かだった。

いつもと変わらない空気。

いや、何かが、大変な何かが起こった。

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よい日でありますように
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すべてを変えた あの日…(1)

8年…ずっと語れなかった

時が満ちたのだとおもう

焼き付いてこころから離れない記憶を残していこう

今だから分かる

私が 私達家族三人が生きていく起点はここにあったから

そしてあの日からのこころの旅の終着駅にたどり着いたから

彼の地で出会ったたくさんの生き続ける魂を宝物として抱いてきたから

誰かに 何かを 伝えることができるなら
ずっと彷徨ってきたこころを 書きとめておこう
瞬間に写し

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心晴天❗️ありがとう
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平凡こそ奇跡であること。

私は中学1年生に東日本大震災を経験しました。

内陸在住のため津波は来ず、停電と断水が3日間続きました。祖父母が住んでいる町は海の近くでなんとかギリギリ助かりました。

私の家族、友人共に無事でしたが、多くの方が命を落とされた東日本大震災は、

「自分が生かされていること」

「不自由ない生活が当たり前ではないこと」

を知るきっかけになり、今でもこの時の記憶が鮮明に残っています。

昨日は、79

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北釜地区の土地利用のゆくえ。震災から8年8ヶ月だったけど、の巻。

東日本大震災で、防災集団移転をした北釜地区。
仙台空港のすぐ東側、沿岸部にあります。
私の親戚や同級生が住んでいましたし、ここにあった土建屋で5年ほど仕事をしたことがあるので、知らない土地ではないのです。

震災後は、ほとんどの人が美田園北地区に移り住んでしまいました。
空港隣接ということもあって、民間駐車場をやっている方もいらっしゃいますが、土地のほとんどが、わずかな瓦礫と荒れた農地だけ。
それ

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ありがとうございます!
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福島県双葉郡浪江町を訪れた日のこと(3)

松川浦は福島県の北部、相馬市にある潟湖だ。蟹の爪のように太平洋に突き出た砂州がぐるりと囲み、海から切り離された形になっている。
どこまでも荒野が続く沿岸部をずっと北上していくと、突然町が現れたので驚いた。港で釣りをしているおじさんに話を聞いてみると、砂州が津波の勢いをやわらげたため、他の地域に比べてまだ被害が小さく済んだのだと教えてもらった。それでもここも一時は沈んだんだと、おじさんはわたしたちの

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