Ikumi

東日本大震災から7年。ふくしまの今を見つめ、伝えます。 新潟県中越地震の復興支援→東日…

Ikumi

東日本大震災から7年。ふくしまの今を見つめ、伝えます。 新潟県中越地震の復興支援→東日本大震災後に福島に移住 ※所属とは無関係、個人的な発信です。

最近の記事

ふくしまの食べもの 買って食べて応援しませんか

緊急事態宣言により、福島の飲食店、物産館なども休業を余儀なくされています。また学校が休校になっていることから、農作物などに余剰が出ているといいます。 ぜひ、福島の食べものを買って食べて応援しませんか。いくつかサイトをピックアップしました! ①「ふくしま!浜・中・会津の困った市」 出荷がストップ、賞味期限が近いなどで困っている福島県内の商品を販売。 ②ふくしま市場 新型コロナウィルスに負けるな!ふくしま県産品買って応援! ③里山ガーデンファーム 福島県内54の農家で運営。

    • 今年の富岡町のさくら

      富岡町といえば「さくら」です。 2011年東日本大震災のとき、私は富岡町の人たちが避難した大規模避難所に支援で入りました。だれもいない町で咲く桜。その富岡町の桜を大きくプリントした写真が避難所に貼ってありました。その写真の前で、静かに涙を流す人…富岡の人たちの桜への強い想い、ふるさとを感じたのです。 その後、富岡町は段階的に避難指示が解除され、さくらのトンネルも一部通れるようになりました。そして、今年3月の避難指示解除によって、長い間帰還困難区域だった夜ノ森駅周辺の避難指

      • 福島県海域における水産物の出荷制限指示は全て解除

        福島県の復興において、懸念事項の一つは漁業です。第一原発の処理水をどうするかという問題もありますが、明るいニュースも入ってきました。 福島県海域における水産物の出荷制限指示は全て解除となったのです。 ・コモンカスベの出荷制限が解除(2020年2月25日) ・コモンカスベは、16年8月に出荷制限が解除されたが、19年1月に試験操業で食品に含まれる放射性セシウムの基準値(1キロ当たり100ベクレル)を超える161ベクレルが検出され、再び出荷制限となっていた。 ・海産魚介類は43

        • 避難者の定義とは?東日本大震災から9年

          東日本大震災から9年。3月11日に近づくと報道が増えます。以前は、311の前だけ報道しないでほしい!と思っていました。しかし、あのような大震災でも、9年も経過すると忘れられていくのだと痛感し、311の前だけでも報道されることは大事なことだと思っています。 そして、被災地は忘れられる、風化すると言っているだけではなく、発信していくことが大事だと言えます。 今もなお、避難を余儀なくされている人たちはたくさんいます。現在の福島県民の避難者数が報道されていました。 福島第一

        ふくしまの食べもの 買って食べて応援しませんか

          3.5 大熊町の避難指示が一部解除

          4日の双葉町の避難指示一部解除に続いて、5日、大熊町の避難指示が一部解除されました。昨年4月の大川原地区に次いで2回目です。今回は、JR常磐線の大野駅など帰還困難区域の一部で解除されています。 大熊町は、昨年大川原地区が解除され、役場も建設されたことから、少し人の生活が感じられます。 ・大野駅周辺の約860ヘクタールが避難指示が解除された。 ・大野駅周辺を再び人が住めるようにする特定復興再生拠点区域(復興拠点)に指定。同区域での2022年春の避難指示解除を目指している。 ・

          3.5 大熊町の避難指示が一部解除

          3・4 双葉町の避難指示が一部解除!

          東京電力福島第一原発が立地する双葉町。双葉郡の中で唯一、避難指示が解除されていない自治体でした。 その双葉町が本日3月4日、9年ぶりにようやく避難指示が解除されました。それまでは、自分のふるさとでも許可証がなければ入れない状態だったのです。双葉町にとって、復興の第一歩が今日なのです。 <双葉町> ・原発事故当時、町民は約7100人 ・約4割がいまも県外で避難生活を送る。 ・解除は駅周辺や線路、道路などで、住民の帰還は伴わない。 ・解除されたのは町域の約5% ・優先的に除染す

          3・4 双葉町の避難指示が一部解除!

          2020年2月の大熊町

          大熊町に久々に行ってきました。 浜通りは少し行っていないだけで、どんどん変わっていきます。それだけ多くの人が福島の復旧復興に関わっていると思うと、胸が熱くなります。さらに、第一原発・第二原発でも多くの人たちが働いているんです。 今年4月に避難指示解除(一部地域) 大熊町には第一原発が立地しています。事故直後はもう何十年と帰ることができないだろうと言われていました。除染や空間線量の低下から、2019年4月10日に一部地域の避難指示が解除されました。これはすごいことです。 (

          2020年2月の大熊町

          <台風19号>福島県内のボランティアセンター週末型へ

          10月12日に日本に上陸し、大きな被害をもたらした台風19号。福島県内も大きな被害が出てしまいました。 また被害が広域であることから、ボランティアが分散し、ボランティアが分散してしまうという事態にもなってしまいました。 報道の差もあり、非常に苦戦した福島県内のボランティアの確保ですが、一旦12月28日で県内すべてのボランティアセンターが活動を終了しました。今後は、いわき市、郡山市は週末のみになりますが、ボランティアを募集しています。 今回の災害対応に関しては、福島県や市町村

          <台風19号>福島県内のボランティアセンター週末型へ

          <台風19号>福島県内の被災状況

          台風19号は、福島県内に大きな被害をもたらしました。 全国的にも福島県内の死者数は多く、今後の防災をもう一度しっかり考えなくてはいけないと実感しています。 自治体別の死者は、福島11人▽神奈川9人▽宮城6人▽群馬、栃木各4人▽埼玉2人▽岩手、茨城、長野、千葉各1人。(出典:毎日新聞10月14日現在)  亡くなった方々の中には、早めの避難で助かった命もあると思います。本当に無念です。 亡くなった方々(出典:福島民報10月14日現在) ・南相馬市小高区 20代男性 ・二本松

          <台風19号>福島県内の被災状況

          忘れられた被災地 佐賀豪雨の武雄市で

          <佐賀豪雨覚えていますか>  現在大型の台風19号が日本列島に近づいていますが、今年の夏、大きな災害としては、佐賀県の豪雨(令和元年8月九州北部豪雨)と台風15号の千葉県での被害(令和元年台風15号)があります。  佐賀県の豪雨は当初から報道も少なく、すぐに千葉県の台風があり、停電件数が多く長引いたことから、こちらの方が記憶に新しい人が多いと思います。佐賀の豪雨は、鉄工所から油が流出し、順天堂病院が孤立したと言えば思い出す人もいるかもしれません。 ・佐賀県の豪雨災害 8月2

          忘れられた被災地 佐賀豪雨の武雄市で

          浜通りは今も非日常の風景が広がる

          最近、浜通りに行くことが多い。行く度に変化があり、その変化に驚き、また、中通りとのギャップがありすぎて驚いている。 ・中通りから国道6号線へ 福島は3つに分けられる。会津地方、中通り、浜通り。原発が立地し、太平洋に面していて、大きな被害があったのが浜通り。私は中通りに住んでいる。 この日は楢葉町で仕事があり、川俣町の山木屋経由で浪江町から国道6号線を南下し楢葉町を目指した。山木屋を越えたあたりから、人の気配がなくなる。草はのびほうだい。各家にはバリケード。 浪江に入り、国道

          浜通りは今も非日常の風景が広がる

          <東日本大震災>仮設住宅入居中の死亡数1494人 生活再建が課題

          「仮設入居中1494人死亡 プレハブ住宅被災3県調査 実数さらに多く」河北新報 2019年6月17日 https://www.kahoku.co.jp/tohokunews/201906/20190617_73022.html  先日の河北新報に、東日本大震災で建設された応急仮設住宅入居中に亡くなった方々に関する調査の記事が掲載されました。 ・東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島3県で2018年度末までに、少なくとも計1494人がプレハブ仮設住宅入居中に死亡。 ・被害が

          <東日本大震災>仮設住宅入居中の死亡数1494人 生活再建が課題

          【福島県双葉郡】富岡町のさくら 一度見てみませんか

           富岡町の町民の誇り。それは桜です。約2.5キロ続く桜のトンネルは、見応えがあります。 この桜の歴史は・・・ 明治時代、旧小高町出身の半谷清寿氏が農村開発を手がける一方、荒れた土地を切り開いた記念にソメイヨシノザクラ300本を植えたことが始まりです。その後、父の思いをついだ息子の六郎は1,000本のサクラを植え、いまでは約2,000本を数えるまでになりました。 ※福島県教育委員会HPより抜粋  しかし、2011年の原発事故により、富岡町には避難指示が出され、町全体に住むこ

          【福島県双葉郡】富岡町のさくら 一度見てみませんか

          8年前の3月11日、あなたは何をしていましたか

          8年前の3月11日、あなたは何をしていましたか? ・・・多くの人がその日のことを覚えている。だれもが忘れない日。忘れられない日。 あの大きな震災は、被災地とよばれる地域の人たちだけのことではない。 3月11日、日本に住む人であれば、だれもが絶望的な光景に言葉を失い、かなしみ、無事を祈った。 あれから8年。 今日は、以前務めていた職場(富岡町社会福祉協議会おだがいさまセンター)を訪ねようと思っていた。連絡すると、今年から大々的にイベント等はやらないとのこと。少し残念に思え

          8年前の3月11日、あなたは何をしていましたか

          ふくしま(浜通り)に人って住んでるの?

           この3月で、東日本大震災から8年です。東電の原発事故関連のニュースは耳にする機会がありますが、人々の暮らしは伝えられていないように思います。 「ふくしまに人って住んでるの?」と聞いてくる人もいます(ふくしまといっても広いので、この場合のふくしまは、第一原発周辺の地域を指していると思います)。大きな原発事故が起きてしまったから、そのように考えるのは自然です。国会議員がゴーストタウンと発言し、辞職したこともありましたが、まさにだれも住んでいないゴーストタウンだった時期もありまし

          ふくしま(浜通り)に人って住んでるの?

          今年の目標!ふくしまを伝え続けること

          あけましておめでとうございます。 昨年から始めたnoteでの発信ですが、ドーンと「ふくしまのそれぞれを伝えます」と宣言しておきながら、その後何も続かず終わってしまいました。。 今年こそは(本当に)ふくしまの今、それぞれの暮らしを伝えていきたい!と思います。 みなさんにとって、よい年になりますように。2019年元旦

          今年の目標!ふくしまを伝え続けること