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【藤井竜王名人、八冠制覇】永瀬王座が残した棋譜は明日の将棋界の希望だ

歴史的偉業達成の祝意を上回った悲痛と無念

自分が藤井竜王名人についてのnoteを初めて書いたのは2020年のことでした。当時から、局面の先を読む能力がトッププロを遥かに凌駕していたので、近いうちにタイトルを独占してもおかしくないと思っていました。これからわずか3年余り(2023年10月11日)、藤井竜王名人は持っているタイトルを防衛しながら、次々と別のタイトルを奪取し続けて、今夜ついに前人未到の八冠完全制覇に至りました。

しかしながら、歴史的偉業が達成される瞬間を視ていた自分は「藤井竜王名人、八冠制覇おめでとうございます」と手放しで祝福するような心境ではありませんでした。なぜなら、致命的なミスによって勝勢からの急転直下、必至(=自玉を助ける手段がなく、連続王手で相手玉を詰ますことができなければ負けが確定する状態)の局面に進んでしまった永瀬王座が心を乱したまま終局まで指し続ける姿から伝わる悲痛と無念がそれを遥かに上回っていたからです。

この心理は将棋を指し慣れた人ならば痛いほど分かります。けれど、どうせ将棋の内容に興味も価値も感じない世の中は永瀬王座のことを蔑ろにして、やれ藤井八冠のおやつ🍰だの会場になった宿泊施設だの、年少記録だの人間関係だのでバカ騒ぎするでしょう。もちろんnote界でも藤井八冠の祝福や凄さを自分なりの言葉で説明するnoteが乱立するのは分かりきっているので、ここでは永瀬王座が藤井竜王名人にどう立ち向かっていったのか、どうすれば藤井八冠といい勝負ができるのかについての予想を手短にまとめることにします。

序中盤は藤井八冠にとって未知の道に誘導を

結果だけ見れば、王座戦は藤井竜王名人が3勝1敗で圧勝して終わったかのように見えます。しかし、序盤・中盤の内容は永瀬王座が圧倒していました。このシリーズを通して、朝から藤井竜王名人が苦悶の表情を浮かべて、持ち時間を費やされている姿がとても印象に残っています。とりわけ、決着した第4局は一時的に3時間以上の開きがありました。これは永瀬王座がタイトル戦が始まる前から防衛に向けて入念な準備をしてきたことを意味します。

例えるなら、これはハンデのある登山競走⛰です。中腹までの道は永瀬王座だけ時間をかけて下見できるので、どのルートにどんな危険が潜んでいるかを把握しています。一方、ぶっつけ本番の藤井竜王名人は入口から一歩一歩警戒しながらの登山になります。どこで足を掬われるか分からないので、ゆっくりと進まざるを得ません。目的地へ到る道を知っているかどうかでかかる時間や疲労度が変わることは誰しも経験的に知っているでしょう。この違いが、序中盤で持ち時間が大差になった要因だと考えられます。

つまり、永瀬王座は藤井八冠からタイトルを奪取するには深い研究によって自分だけが知っている序中盤の知見をより多く蓄えて、そこに誘導することが重要なのだと棋譜の中にしっかりと残してくれたわけです。どれほど藤井八冠の時代が続くかは分かりませんが、この棋譜は今後のタイトル挑戦者にとっての希望となるに違いありません。

終盤は藤井八冠の絶対時間、持ち時間に余裕を

冒頭で述べた通り、藤井八冠の強みは局面の先を読むスピードにあって、秒読みになってもほぼほぼ最善手が選べるほど精確です。トッププロですら秒読みになれば読みの精度が下がるので、この能力は脅威でしかありません。

これまで飽きるほど見てきた藤井八冠の敗色濃厚からの逆転劇は、次のような決まったパターンがありました。対戦相手に持ち時間を使い切らせて時間的・精神的に追い込んだうえで、最善手を指し続けて緩手を、勝負手を繰り出して悪手を誘うのです。そこで一手でもミスすれば最後、序中盤から保ってきたリードは吹き飛び、比喩でもなく一瞬で勝負を決められてしまいます。このスピード感を感覚的に競馬で例えると、ブロードアピールの最後方からの全頭ぶち抜きに相当するでしょうか。

正に読む力の暴力、パワープレーと言えるこの終盤術は、おそらく今のどんなプロをもってしても敵わないでしょう。だからこそ、序中盤のリードの使い方がとても大事になってきます。

実のところ、序中盤で得られた時間と局面のリード自体は、対局中においては何の意味もありません。将棋に限らず、勝負事のリードと勝利は別物であって、勝利が確定してはじめてそのリードが意味をなします。作戦としては、終盤戦を1時間~2時間程度の余裕ある持ち時間で迎え、藤井八冠の勝ちパターンとなっている追い込みの終盤術を交わすことが理想の試合運びと言えるでしょう。惜しくも、永瀬王座は最後の最後で時間が尽きて例のパターンに入ってしまいましたが、王座戦はこの理想に最も近づいたタイトル戦だったと自分は確信しています。

まとめ

藤井八冠のタイトル挑戦者は、序中盤では自身しか知らない研究局面へ誘導することで形勢と時間のリードを作り、勝敗が決まる終盤では時間的・精神的余裕を活かして藤井八冠の恐怖の追い込みから逃げ切ることが最善の策だと考えました。言い換えれば、藤井八冠に付け入るスキがあるとするなら、すべての序中盤を研究で網羅しきれていないことにあるのです。

今後、これに伴って挑戦者の必死にならざるを得ない序中盤研究が既存の定跡を、将棋自体を猛烈に進化させていくものと予想されます。むしろそれくらいしなければ、終盤が絶対時間の藤井八冠からタイトルを奪うのは困難でしょう。それでも諦めず、永瀬王座のような闘志をぶつけて挑み続ければいつかチャンスは巡ってきます。藤井八冠に挑む挑戦者がどう戦って、どんな形で奪取するのか…… 自分の予想はどれほど正しいのか、これから注目したいところですね。

( 'ω' ).。oO( ってか藤井八冠がタイトル奪取されるイメージ湧かんよね……

なんか祝われてしまいました

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