マガジンのカバー画像

室町芸人シリーズ④ 芸人一座の女達

6
室町時代も終わる直前、芸人一座では新作の舞作りに挑戦していた。上手くいかない所に救いの手を差し伸べてくれたのは、遠く京都にいた兄弟子だった。室町芸人シリーズ、最終巻
運営しているクリエイター

記事一覧

連載小説:室町時代劇:龍を探して

連載小説:室町時代劇:龍を探して

「小雪、今度の舞はお前がやれよ。五頭龍は確かに男役だが、お前以上に舞える奴はいないんだ」

耳にたこが出来そうな言葉。もう一か月以上、吉丸や保名が何度も男舞を舞えと言ってくる。うちは飽き飽きしていた。

舞の主題はうちも大好きな「江の島縁起」。何年も前に絹姐さんや幸兄さん達と一緒に半年かけて相模の鎌倉まで巡業した際、立ち寄った江の島で聞いた伝説だ。

京丹波から半年かけた巡業。東へと向かう先々には

もっとみる
連載小説:室町時代劇(5):芸人一座の母

連載小説:室町時代劇(5):芸人一座の母

「おふくろ、行ってまいります!」戸口で吉丸の大きな声が響いた。

「行っといで!怪我しないんだよ!」

ここ芸人一座での毎朝のやり取りだ。町の四つ辻で芸を見せるあの子たちは、危険が伴う軽業を毎日の様に見せている。幸い、これまで大きな怪我をした子達はいないが、それでも送り出す側としては、やはり心配は隠せない。

末の息子の吉丸も今年で三十二歳。多分この子がうちの座を継いでくれるだろう。

上の四人の

もっとみる
連載小説:室町時代劇(4) 母子の再会

連載小説:室町時代劇(4) 母子の再会

「座長、ご用事が終わったら家の修繕をちょっと見て下せえ」

一座の若いものが声をかけてきた。

私は文をしまうと、よいっと声をかけながら立ち上がった。

京丹波の正吉さんからの手紙が届いたのはその春の事だった。

座員達と住んでいる長屋がどうにも傷んできていた。長年大家さんに修理を頼んでいたものの、息子の代になっても修繕する気配も無かった。

もう長らく屋根が傷み雨漏りが続き、最近になっては壁に大

もっとみる
連載小説(3):室町時代劇:あの人との出合い

連載小説(3):室町時代劇:あの人との出合い

【一つ前のお話はこちら】

「保名、おやじさんがお呼びだよ。子供たちの稽古が終わったらおやじさんの部屋に行っとくれ」

「分かったよ。おい松太郎、いろはを浚っておくんだぞ。終わったら次はお前の名前を書くんだ」

「保名兄さんの意地悪!おれの名前は梅よりも長いんだぞ!」

「兄ちゃん、早うせんと昼餉に間に合わんよ」

稽古が滞りがちな日々を送っていたある日、俺と徳二はおやじさんに呼ばれた。

母屋の

もっとみる
連載小説(2):室町時代劇:芸人一座の娘

連載小説(2):室町時代劇:芸人一座の娘

「梅、そんなところで何してんだ」松太郎が言う。あたしは慌てて言った。

「しーっ!!兄さん達がしゃべっているのが聞こえないじゃない!」

あたしたちは板壁に耳を付けると,次の部屋で喋っている保名兄さんや小雪姐さんの話に耳を傾けた。

「なあ、小雪。女が男装する舞、どうしてもだめかい?」

保名兄さんが言う。ここのところ、小雪姐さんに何度も言っている話だ。

「あんたも大概しつこいね、保名。あかんと

もっとみる
連載小説:室町時代劇:我が子

連載小説:室町時代劇:我が子

「絹母ちゃん、行ってきます!」

松太郎が大声で叫んで出かけて行った。今日は四つ辻で軽業を見せる日だ。
何日も稽古に励んで、やる気に満ちた松太郎は、妹の梅を従えると、龍兄さんと私の夫の幸と一緒に出掛けて行った。

私と幸の家に松太郎を息子として迎え入れたのはもう十年も前になるだろうか。

忘れもしない、信長公が京に火を放った年の事。あの時は大勢の人々が京の都から焼け出され、この京丹波まで火傷や傷を

もっとみる