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ゲンバノミライ(仮)

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被災した街の復興プロジェクトを舞台に、現場を取り巻く人たちや工事につながっている人たちの日常や思いを短く綴っていきます。※完全なるフィクションです。実在の人物や組織、場所、技術な…
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2021年4月の記事一覧

ゲンバノミライ(仮)第51話 会えない由美さん

ゲンバノミライ(仮)第51話 会えない由美さん

「うん、分かった。こんな状況じゃ仕方ないわね。せっかくだから、体をしっかり休めてね」
西野由美は、夫の忠夫からの電話を切るとため息をついた。

忠夫は、あの災害からで大きな被害が出た沿岸部で、復興街づくりの工事現場で所長を務めている。ゼネコンで同期入社だった。飲み会を開いたり遊びに出掛けたりしているうちに意気投合し、ほどなくして交際が始まった。

ともに本社の配属でスタートしたが、近くにいたのは2

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ゲンバノミライ(仮)第50話 時代遅れの朝子さん

ゲンバノミライ(仮)第50話 時代遅れの朝子さん

「こんにちは。注文の品をお届けにあがりました」
最後の品が来た。予定よりも少し遅い。急いで袋詰めをやらないと間に合わない。
「はーい! 向こうの会議室に運んでください。一緒に行きますね」
この街の復興事業を一手に担うコーポレーティッド・ジョイントベンチャー(CJV)で事務職員として働く明石朝子は、大きな声で返事をして立ち上がると、配達に来た酒屋の平川哲也と一緒に会議室へと急いだ。

今日の夕方、全

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ゲンバノミライ(仮)第49話 看護師の幸村さん

ゲンバノミライ(仮)第49話 看護師の幸村さん

復興の現場で働いていて事故に遭った前園金之助が退院していった。救急搬送時に現場作業員と聞いて、正直なところ不安があった。自分たちの故郷を再生するために遠くから仕事に来てくれて心底有り難いと思う反面、トラブルが起きていることも知っていたからだ。

それは杞憂に終わった。

すがすがしい青空を見上げて、看護師長の幸村早苗は、晴れ晴れとした気持ちになった。無事に送り出す時は、どんよりした天気よりも、こっ

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ゲンバノミライ(仮)第48話 警察の小池警部補

ゲンバノミライ(仮)第48話 警察の小池警部補

窃盗事件の処理をしていた小池義之警部補に建設現場での事故の第一報が入ったのは、午後過ぎのことだった。

「よりによって…」
思わず言葉が漏れた。

復興街づくりのシンボルとなる工事で、この街の誰もが知っている。徐々にそびえ立っていく姿を見るたびに、ワクワクする気持ちがわき上がっていた。無事に工事が完成してほしい。門外漢の小池でさえ、そう思っていたのだ。

「すごい突風が吹いて、ミシミシとか、鉄と鉄

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ゲンバノミライ(仮)第47話 失意の中西さん

ゲンバノミライ(仮)第47話 失意の中西さん

頑張れって言ってたじゃないの。しっかり役に立ってこいって。
あなたがそう言ってくれたから。
だから頑張れたのに。嘘つき。

中西好子は、通話を終えた携帯に向かって、小さく呟いた。

嘘つき! 嘘つき!! 嘘つき!!!
本当は大声で捲し立てたかった。

プレハブの宿舎では、怒鳴り声なんて出せない。
本当は落ち着いてなんていられないのに、心の中を鎮めなければいけない。やり場のない苛立ちが心を覆う。

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ゲンバノミライ(仮)第46話 テクニカルメートの北村社長

ゲンバノミライ(仮)第46話 テクニカルメートの北村社長

「皆さんは、10年間で5つの職種を経験し多能工として活躍していただきます。基本的には2級技能士の資格を受験して合格してもらうことが、次の職種に進む条件です。優遇措置として、3つの技能士を取得した時点で手当てを支給し、職種が増えるごとに手当を増額します。

覚える作業内容や求められる仕事の質は高くなりますが、効率的に仕事ができるように成長すれば収入が上がります。稼げて尊敬される職人さんを育てたいので

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ゲンバノミライ(仮)第45話 新人の海斗君

ゲンバノミライ(仮)第45話 新人の海斗君

「そろそろ始まります」
鳶・土工会社の新入社員である西野海斗は、この日のために新調したネクタイをきゅっと締め直した。スーツも新しいものを買いそろえた。作業服の時以外はビシッといこう。各地の同期と話して、そう決めたのだ。

画面越しに、あの災害からの復興街づくりが進む自治体で首長を務める柳本統義が映った。

復興街づくりを一手に担うコーポレーティッド・ジョイントベンチャー(CJV)に関係するすべての

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