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小説

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#ショートストーリー

おれを連れ出さないでくれ

おれを連れ出さないでくれ

何なんだ。
こいつは何を言っているのだ。

いや、そもそもどこを見て話しているんだ。
視線が妙にズレている。

思わず相手の視線の先を目で追う。

そこには、もう一人のおれが…

おれの隣にもう一人のおれ。

おれ。
おれがもう一人。
え、なに…
どういうことだ。
お前は誰だ。
誰なんだ。
いや、どう見てもおれだ。
いつも鏡で見るおれそのものだ。
じゃあ、このおれはなんだ。
今、こうして思考してい

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後悔してるね。あんた随分と後悔してる

後悔してるね。あんた随分と後悔してる

大きな宿題を抱えてしまった。
命運を左右する宿題だ。

そして、まもなく期限。

ちょうど一週間前の事だ。
突然、あの男に話しかけられたのは。

「後悔してるね。あんた随分と後悔してる。まあ、何に後悔してるのかなんて興味はないがね。解決してやることは出来るよ」

クソ、最悪だ。
こんな雨の中、こんな男にまでからまれる始末だ。
何が後悔してる、だ。
解決してやるだって。
冗談じゃない。
イライラが増

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風をいっぱいに集めたら

風をいっぱいに集めたら

電車待ちのホーム。

今日は、晴天なれど思いのほか風が強い。
着ているシャツが、パタパタとはためく。
バタバタといってもいいくらいだ。

電車到着までは、まだ時間があるようだ。
そこでおれは、目をつむり思考を飛ばしてみる。

目の前に広がるのは、広大な海だ。
ここは日本海か。
海風が容赦なくおれを洗う。
あいにくの曇空。
じきに一雨くるだろう。
人影も無く、猫の子一匹見当たらない。
ただただ、白浪

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夏も出会いも振り向きもせず

夏も出会いも振り向きもせず

今年の八月は、やけに足早に過ぎて行く。
まあ、どの月だって大した違いはないのだが。
ただ、いつも八月という月は、どこか物悲しいものだ。
久遠は、今にも降り出しそうな空を見上げ、静かに歩きだした。

長い連休が明け、やっと日常に戻りつつある街並みを、人の流れに逆らってゆっくりと喫煙スペースへと向かう。
お盆や里帰りとは無縁の久遠にとって、いつもの殺伐とした街の景色の方が、どこかしっくりとくる。

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コーヒーの湯気と雨

コーヒーの湯気と雨

「雨が降ってるのか…」
目覚めた時、なんとなくすぐに分かった。
だってかすかに、アスファルトが濡れている音が遠くで聞こえているから。

「朝から雨か」

今日が休日で良かった。
これが平日、これから仕事といった朝なら、きっとげんなりしたはずだ。
雨の日は、煩わしいことがやたら増える。
着て行く服になやみ。
履いて行く靴を気にかけ。
なにより、傘というまあまあの荷物が一つ増えるから。

「けっこう降

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鳥よ、おまえはどこで生きるのだ

鳥よ、おまえはどこで生きるのだ

「ここには何もない」

そのことを分かってから、もう随分と経つ。

この暗い洞窟に落とされて、長い月日が過ぎたのだ。
なぜ落とされたのかもよく覚えてはいない。落とされたのではなく、落ちたのだったか。それとも自ら入ったのか。
今ではそんな事も、どおでもよくなってしまった。

最初のうち、何もないこの洞窟でさえ、ちょっとした冒険に思えたりした。
おまけに、不思議と安らぎを感じる時さえあった。
しかし、

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サヨナラぼっち   前半

サヨナラぼっち   前半

一人の女性の再生の物語です。
ごくごく短い小説です。

多くを望んではいない。
欲張っても失望するの落ちだ。
幼い頃、多くを望み自由に振舞うことは、悲しみを引寄せるように感じていた。
それでも求めてしまう自分が、子供心に悲しくもあった。

もの心がついた頃には、父親はお酒に溺れていた。普段は気の小さい優しい人だったが、お酒が入ると人が変わった。家では暴れ、外では借金をつくった。
母はそんな父に代わ

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サヨナラぼっち   後半

サヨナラぼっち   後半

一人の女性の再生の物語です。
ごくごく短い小説です。

その時の私は、全てに怒っていた。
誰一人、私のことを理解しようとする人は居なかったから。
私の心は悲鳴をあげているのに。
考えまいと思えば思うほど、わが子も含めた周りへの憎しみにも似た怒りと、捨て去ることの出来ない狂おしいほどの子供への想い。その両方に、引き裂かれそうだった。
私は私でいたいだけなのに。

分かって分かって分かって。って。

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放たれた矢はどこへ突き刺さる

「お待たせ致しました。お迎えするのは大変お忙しい中、当番組においでくださったアメリカ合衆国第48代大統領メッサブ・ヤナ氏です。皆様、盛大な拍手を!」

熱狂的な観衆に迎えられ、少し小柄な一人の男がしっかりとした足取りで会場に入って来る。

アメリカ大統領が、インターネットとはいえ日本のTV番組に出演するなど異例中の異例な事だろう。

大統領の肌の色はアジアン。
真っ白なワイシャツのボタンを緩め、淡

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OK パンプス

オレはしがない街の靴屋だった。

それも傍目にはなぜ潰れないのか不思議に思われても仕方がない、そんな靴屋だ。

その状況に拍車をかけたのが、起死回生を狙い大手ショッピングモールに2号店を出したことだ。
それがものの見事に裏目に出た。
売れるには売れるのだが、テナント運営のイロハのイも知らないオレが、その出店を後悔するのにそう時間はかからなかった。
長い営業時間に合わせた人件費、絶え間なく半ば強制的

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