見出し画像

おれを連れ出さないでくれ

何なんだ。
こいつは何を言っているのだ。

いや、そもそもどこを見て話しているんだ。
視線が妙にズレている。

思わず相手の視線の先を目で追う。

そこには、もう一人のおれが…

おれの隣にもう一人のおれ。

おれ。
おれがもう一人。
え、なに…
どういうことだ。
お前は誰だ。
誰なんだ。
いや、どう見てもおれだ。
いつも鏡で見るおれそのものだ。
じゃあ、このおれはなんだ。
今、こうして思考しているおれは。
おれのことが見えていないのか。
でも、おれはこうして実在している。
誰より、おれには分かる。
実在している感じ、いつもと変わらぬこの感覚。
もともと二人だったのか。
いや、もともとおれは一人だった。
なら、いつから二人になったんだ。
ほんとに二人になったのか。


違う、違う。
おれはそんなことは思っていない。
お前、何を言っているんだ。
違う。
違う。
やめてくれ。
それだけはしたくないんだ。
やめろ。
今すぐしゃべるのをやめろ。
それ以上、何も言うな。

おい、その手を放せ。
いや、いいのか…
お前がこいつに連れ去られ、そして、おれはここに残る。
でも、もう一人のおれが居なくなった時、おれはどうなるんだ。
何がなんだかもう解らない。
おれはただ一人静かに、これからもここに居たいだけなんだ。
おれを連れ出さないでくれ。
おまえも行くなんて言わないでくれ。
おれを一人にしないでくれ。

ああ、誰か。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?