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サヨナラぼっち   前半

一人の女性の再生の物語です。
ごくごく短い小説です。


多くを望んではいない。
欲張っても失望するの落ちだ。
幼い頃、多くを望み自由に振舞うことは、悲しみを引寄せるように感じていた。
それでも求めてしまう自分が、子供心に悲しくもあった。

もの心がついた頃には、父親はお酒に溺れていた。普段は気の小さい優しい人だったが、お酒が入ると人が変わった。家では暴れ、外では借金をつくった。
母はそんな父に代わり、朝から晩まで働き通しだった。
私には姉が一人いる。その姉は、そんな家庭を心のどこかで憎んでいたように思う。
実際、取立てが頻繁に押し掛ける家庭は、幼い私にとっても安息の場所ではなかった。
日中、私は隠れるように一人で居間で過ごす、そんな毎日だった。

高校生になった頃、人生に多くを望まないと決めた時から、ずいぶんと生きて行くのが楽になった。今思いおこせば、それに気が付いた数年間が、人生で一番楽しかったように思う。
先の事は気にせず、その日その日で楽しい事を探して過ごした。

そんな毎日も結婚を機に変わってしまう。
夫との二人の生活は、楽しい事も見つけられず、日常という名の毎日として過ぎて行った。
何より私を憂鬱にさせたのは、私より多くを望んでも叶えられて来た人種の中に、意図せず紛れ込んでしまったように感じられたことだ。更にイラつかせたのは、私とは相容れない価値観を、身内という名のもとに、無自覚に押し付けてくる人達の横柄さだ。

それがまだ他人のうちは良かった。夫にしても、義理の家族にしても、元を辿れば赤の他人だ。
私にとって本当の意味で肉親と言えたのは、母親と姉の二人だけ。父親は既に亡くなっている。
その二人以外で初めての肉親。
子供を宿したことで決定的に歯車が狂ってしまったのだ。
今思い返してみると、初めから自信など無かったのかもしれない。自分が苦労して来た分、子供には幸せになって欲しいと心から思っていたのに。
でもいざ生まれてみると、他の身内と同様、多くを望み自由に振舞うわが子を疎ましく思うようになって行った。
些細な事も我慢が出来ず、ただただわがままに振舞うわが子が理解出来なかった。
もちろん、子供はみんなこんなものだと頭では理解出来る。
それでも、私の幼い頃の何十分の一も我慢出来ないわが子を、どこかで許せなくなるのだ。
そして、そんな自分に対し、しばしば不安を覚えるようになって行った。

「私はどこか病んでいるのかもしれない…」

夫はそうした気持ちに、どこまでも鈍感のように思えた。

「子供なんてそんなもの。おれの時はもっとわがままだった」

そんな慰めにもならない言葉で、問題をはぐらかしているようにしか思えなかった。どこか、自分を肯定するような甘えた考え。そんなふうに感じてられたのだ。
父親は、厳しく子供を躾けるものではないのか。そんな思いが拭いきれずに私を悩ませた。
そのうち「やはり自分は、他の人達とは決定的に違うのだ。私は幸せにはなれないのかもしれない」
そんな不安に苛まれていった。

それなら私も自由に振舞う。あんた達がやってるみたいに。
時々私は、家事も子育ても全て投げ出し、部屋に引きこもるこる様になった。十日くらいの時もあれば、一か月近い時もあった。
一度そうなってしまうと罪悪感もあるけれど、一人で時間を潰していた幼い頃の自分に戻った様な安堵感も不思議と感じられた。

時々、こうして家庭を持ち子育てしていることが、現実では無いように思えたりもした。
一人でいる方が現実感があるのだ。やる事もなく、ただ時間が過ぎて行くだけの時間なのに。

そんな家庭生活が、何事も無く過ぎるはずもなかった。子供が思春期を迎えるようになった頃から、様々な形で問題行動を起こすようになる。
その行動も、あきらかに私とは違った思考回路のように思えた。自分に原因の一端があることは感じている。そんな事は分かっている。
ただ、わが子のその振舞いが自分の過去とあまりにも違い、ただただ理解できずに苦しんだ。段々と得体の知れない生きものを見ているような錯覚さえ覚え、このまま何も分かり合えず、絶望的に離れてしまうように感じはじめていった。

「もう私には、誰かと暮らして行くのは無理かもしれない。それがたとえわが子であっても」

いつだって一人で何とかやって来たのだ。
いつしか淋しさは、一番の友達になっていたのかもしれない。
だって、孤独は私に合わせてくれる。あの日の私の様にわがままを言わない。ただ、私を一人にするだけ。

でもその一歩を踏み出せない何かがあった。
多分、いや分かっている。
子供のことだ。
子供のことを考えると、精神的な拒絶とは裏腹に、心の奥深いところで、どうしようもなく心が疼くのだ。
それが愛なのかは分からない。
それでも、拒絶すればするほど、離れがたい気持ちとも向き合わなければならなくなる。
そして私の心は、そのことについて考えるのをやめてしまった。
こうなったのは、無自覚にわがままで、今まで問題を見て見ぬふりをして来た周りの者達のせいなのだ。
それは夫しかり、唯一の家族と信じてきた母や姉も同罪のように感じた。
私に罪は無いのだ。
だって私は長い間、わが子と向き合うことに苦しんで来たのだから。

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