見出し画像

サヨナラぼっち   後半

一人の女性の再生の物語です。
ごくごく短い小説です。


その時の私は、全てに怒っていた。
誰一人、私のことを理解しようとする人は居なかったから。
私の心は悲鳴をあげているのに。
考えまいと思えば思うほど、わが子も含めた周りへの憎しみにも似た怒りと、捨て去ることの出来ない狂おしいほどの子供への想い。その両方に、引き裂かれそうだった。
私は私でいたいだけなのに。

分かって分かって分かって。って。

私は徐々に壊れて行った。
感情のコントロールが効かず、無気力とヒステリックの間を揺れ動いた。

夫からは、暫くの間、子供と離れて暮らす事を提案された。はじめのうち、わたしは強く抵抗した。私が出て行くことは、自分が間違っていると認めるように感じたのだ。それは、今迄の自分を否定することのように思えたから。
それでも最後には「私は、出て行きたくて出て行くんじゃない」という言葉で、半ばヤケになって家を出ることにした。

母親の居る実家での生活を思い描いていた夫に対し、当て付けるようにアパートを借りることにした。かかった費用は、当たり前のように夫に押し付けた。夫は何も言わずに、困ったような、悲しいような、そんな目をしただけだ。

それでも一人になってみると、少し心は落ち着きはじめた。
でももう以前の様に、一人を楽しむことなど出来なかった。離れいても、その思いから解放されることは無かったから。何をしていても、心はここには無い。
初めて一人で居ることを怖いと感じた。
孤独はこんなにも淋しいものだったのか。

一人で眠る夜は、このまま闇に堕ちて行くかのようだった。
たった一人で。
ベッドは夜な夜なズブズブと音を立てた。それが怖くて、床で寝ることもあった。

かといって、家に戻ることも出来なかった。また振り出しに戻り、取り乱してしまう自分を想像して怖かったのだ。
いっそ死んだ方が楽なのに。そう思ったりもした。それを思いとどまらせたのは、多少なりとも孤独に免疫があったからかもしれない。

そんな日々にあっても、時は確実に過ぎて行く。
一日一日、一週間、一か月。
そして、気がつくと既に半年以上が過ぎていた。

幼い頃、いつも一人だった頃、時々無性に淋しくて怖くなることがあった。そんな時は、このまま時間が止まってしまうのではないかと思うくらい長く感じられた。それでも最後には必ず母が居て、暖かな布団にくるまるり眠りにつくのだ。
そんなあの頃と同じ様に、本当にゆっくりではあるけれど、変わることなく時は少しずつ私を癒して行った。
自分でも、日常の感覚を取り戻しつつあるのが感じられた。家族は人としての輪郭を徐々に取り戻し、子供にも以前のように、幼い頃の面影を見れるようになって行った。

その頃から私は、夫の「戻ってきたら」という言葉を心のどこかで待つようになっていた。
でも夫の口からその言葉を、なかなか聞くことは出来なかった。「戻って来て欲しい」という一言を望んでいた私にとって、少なからずショックだった。そんな私の気持ちを察したのか、ある日、夫からこんなLINEが来た。

「お母さんは出て行きたくて出て行った訳じゃないとよく言うけれど、逆に今迄、この家に居たくて居たのですか。もし、心から居たいと思ってくれるなら、いつでも戻ってきてください」

それは、はじめて自分に決断を委ねられた事のように感じられた。
私は本当はどうしたいのか…
私が自由に決められるのだ。
いや、自分で決めなきゃいけないことなのだ。
今迄だって、本当は自由に決められたのかもしれない。

今迄は、周りから望まれる自分。それが疲れるから、なるべく他人とは深く関わらないようにして来た。
本当の私はいったいどうしたいのだろう…
本当はどうしたかったのだろう…

私は自分のことが分からなくて泣いた。
子供の時、本当はそうしたかったのだと思い出したように声を上げて泣いた。
今の私にも、それだけは分かった。

暫くして、私は自分の意思で家に帰ることを決めた。間もなく一年が経とうとしていた。
最後まで「帰りたい」とは言えずじまいだったけど、夫は笑顔で迎えてくれた。

気がつくと私の周りには、変わらず寄り添ってくれる人達がいた。
一人を求め、一人で居ることが一番自然なのだと信じた私に。
寄り添うと言うより、離れられなかった人達といった方がいいかもしれない。そして、それを家族っていうのかな、と思ったりもする。
私は初めて家族の意味を知り、家族と出会ったのかもしれない。
それは決して幻の様なものでは無くて、私の目の前に変わらず当たりまえにあったもの。
幼い頃、心のどこかで夢見ていた家族のかたち、それとは随分と違った家族の姿になったけれど。
私が手にした家族のかたちは、こんなにも歪なかたち。

その時から、やっと夫は夫となり、わが子はわが子となった。そして私は妻となり、母となったのだ。
正直、まだ戸惑いはある。
全てを受け入れるまでには至っていない。
わがままで身勝手な子供。
どこか頼りない夫。
それでも、わが子とは以前よりも会話が増え、笑顔で話せる時が増えた。
夫の頼りなさのその先に、違う意味での強さを感じたりも出来るようになった。

でもやっぱり考え方はぜんぜん違う。
それでも家族なのだ。
そう思えることが幸せなのかもしれない。
今の私には、そのことが面映ゆく嬉しかった。

私は本当の意味で一人を卒業したのだ。

やっぱり一人の方が楽…
この期に及んでそう思う気持ちを笑顔で宥める。

サヨナラ 幼い頃の淋しい私。
一人ぼっちからの卒業おめでとう。


#小説 #短編 #ショートストーリー #再生 #生活 #家庭 #子供
#結婚 #癒し


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?