放たれた矢はどこへ突き刺さる

「お待たせ致しました。お迎えするのは大変お忙しい中、当番組においでくださったアメリカ合衆国第48代大統領メッサブ・ヤナ氏です。皆様、盛大な拍手を!」

熱狂的な観衆に迎えられ、少し小柄な一人の男がしっかりとした足取りで会場に入って来る。

アメリカ大統領が、インターネットとはいえ日本のTV番組に出演するなど異例中の異例な事だろう。

大統領の肌の色はアジアン。
真っ白なワイシャツのボタンを緩め、淡いブルーのリネンスーツといった出で立ちである。
その顔には満面の笑みをたたえ、白い歯がこぼれる。
装いが少しラフな様にも感じるが、むしろその若さには良く似合っていた。

若干36歳での就任という、歴代最も若くして大統領へと上り詰めた。
加えてアジア系として初の大統領でもある。
人懐こっい目もとには、若さ故の自信が溢れていた。

そもそもアメリカ大統領が何故日本のTVに出演する事になったのか。
それはひとえに、この若き大統領が日本人によって育てられたからに他ならない。
その背景を知ったアメリカ政府は、当初大いに慌てふためき、なんとか大統領には就任させまいと画策をしたが、国民の熱狂を止めることは出来なかった。
結局、アメリカ国民には、その事実が広く知られることは無かった。
そして見事当選を果たし、無事就任式を迎えるに至ったのだ。

日本人に育てられたアメリカ大統領とはいかなるものか。
それはまさに、今皆が盛んに興じているある現象に由来する。

二十数年前、日本でとあるソーシャルゲームが流行り始めた。
それは、自分だけの架空のキャラクターを、バーチャルな世界の中でトップアイドルへと育てて行くというものだ。
そんなゲームにヒントを得た一人の青年が、これをCSR(社会的貢献)に活かせないものかと考えた。

仕組みはこうだ。
恵まれない環境に暮らす子供達をゲームのキャラクターに準え、個人的に気に入った子供をお気に入りのキャラクターよろしく寄付など金銭面において支援をし、その成長を手助けして行くというものだ。
支援者は、わが子を見守るようにその子供の成長を楽しむわけだ。
何に使われているか判らない募金制度とは違い、自分のメガネに叶う子供に直接支援ができ、その成長をゲーム感覚で楽しめるとあって、一部の間で密かに流行り始めた。

当初、子供達を物の様に扱う事につながりかねず倫理的にどうなのか…といった議論も無いわけではなかったが、それによって救われる子供達が多くいる事実がそれらの意見を封じていった。

その仕組みがまだ黎明期に、1人の少年が現れる。
その貧しい身なりをして溢れる愛らしさ。その会話から垣間見える聡明さ。
瞬く間に日本人の心を鷲掴みにした。
紹介ページへのアクセス数は、あっという間に200万再生を超え、支援金も10億を超えた。
正にその時の子供が、現アメリカ合衆国の大統領というわけだ。

メッサブ少年は集まった豊富な資金を使い、高度な教育を受けるべくアメリカに渡った。
その後も支援は続き、謂わば里親ともいえる多くの日本人はメッサブ少年の成長を見守り続けた。

メッサブもまた成長するにつれ、自らが浴す幸運に感謝し、自分と同じ様な境遇の子供達をもっと救いたいと考え始める。
手始めに、日本という島国での流行りに過ぎなかったこの仕組みを、考案者と共に世界中に広める活動とそのためのNPOを設立。
その後自然な流れで政界へ進出し、州知事を経て昨年の大統領選で見事当選を果たしたのだ。
年が明け就任式を終えたメッサブが真っ先に訪れたのは日本。
表向きは同盟国である日本政府へ配慮した対応ととられているが、日本にいる多くの里親への挨拶が一番の目的である。

収録スタジオに集まった観衆は、そうした多くの支援者の中から抽選で選ばれた人々である。
会場では、割れんばかりの喝采の中で、メッサブ大統領が1人ひとりの里親と厚い抱擁を交わして歩いた。

この時の場面は、正に感動的なものとなった。しかし、それだけでは無い大きな意味をもつものでもあった。
長きにわたり日本の政治家が誰一人変えることが出来なかった「アメリカの言いなり」と揶揄される関係に、ある意味終止符を打つ場面であるともいえた。
そればかりかアメリカ大統領は、自分を育ててくれた支援者が多く住まう日本という国に配慮しなくてはならない、そんな関係性を暗に象徴しているかのように見ることも出来た。
言うなれば、今の自分が居るのは紛れもなく日本人のお陰であるという事実。
メッサブもまた、その感謝を忘れぬ人間へと成長していた。
ある種堅い絆で結ばれているのだ。

この事実を当たり前に知り得る日本政府は、この謂わばメッサブ支援者団体を取り込むことに躍起になっていた。
登録番号においてアンダー10、所謂メッサブ10と云われる支援者達は、年明けより政府の対アメリカ政策において重要なポストに就いている。

話はこれで終わらない、実は世界中の貧困に苦しむ国、格差社会が広がる国の多くで、この仕組みで支援され育った少年少女が、トップまたは主要ポストに続々と就いているのだ。

今まさに、メッサブを中心としたこれら若い世代が、世界を大きく変えようとしていた。
それこそがメッサブが目指していたものであり、世界に突きつけられた貧しき者達からの反旗の象徴とも云えた。

全世界で格差が広がる中、富める者が成し得なかった平和への一歩を、貧しき境遇から現れし新たな息吹がそらを成し遂げんといているのだ。

この動きは今、世界中に広がりを見せる。
世界の富裕層は、この現状に大いに危機感を持ち自分達の利権を守る人材育成に力を入れ始めたが、潜在的に優れた能力を持つ人材の分母の数において違いがあり過ぎる。
また同じ様な仕組みをつくり、早いうちから手懐けようとする動きもあるにはあるが、時すでに遅しといった感も否めない。
何より、単に頭が良いというレベルと、大きな志を持った者とでは、そもそも勝負にはならないだろう。

これからの世界がどうなって行くのかは誰にも解らない。
しかし、臨界点を迎えつつある今の仕組みに、大転換期が訪れようとしているのは間違いない。
如何なる文明も永遠の栄華を享受することは出来なかった。
今の繁栄を築いた者達も、この先も同じように 続いて行く保証など無かったということだ。

ソドムとゴモラの民が神の怒りを買った様に。

私は願わずにはいられない。
メッサブが放つ新時代への矢が、怒りの矢ではなく、慈愛に満ちた矢であることを。
これからの世界が、より良いものとならんことを。

メッサブと目が合った。
お互いにしっかりと頷き合う。


メッサブ支援者No12 ここに記す


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