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出版社を辞めた僕はキャバクラで黒服をすることになった。 #2

(前回)

さっそく今日から入れる? 初日は『体験入店』だから時給1000円だけど」

面接後、白髪の男から声をかけられた。
平常時の時給ですら求人情報より300円も安くしておいて、なんと初日は時給1000円。あまりのケチ具合に呆れるが、僕は「はい、いけます!」と笑顔で元気よく答えた。

バカだと思わせておいて損はない。こちらもネタ探しに来ているのだから。

僕が水商売の初心者であることは店側も考慮してくれたようで、初日はほとんど見ているだけでよかった。
2日目以降は本格的に店のルールを覚えていくことになる。


黒服の仕事は以下のような流れだった。

出勤は18時。最初の1時間はオープン準備で、店内清掃がメインである。

19時のオープンと同時に外に出て、店名が印字されたポケットティッシュを通行人に配る。
条例ではキャッチが禁止されているため、あくまでティッシュ配りというていで行うことになっている。

傍から見ればくだらない仕事だが、早い時間はまだ常連が来ないので、この地道な作業で新規客を呼び込まなければならないのだ。

間違っても女性や子供、カップルにティッシュを渡してはならない。話しかけるターゲットはあくまでキャバクラに来そうな男性だけだ。

「ゲイっぽい男性にも渡すのはアウト。距離感の近い男性二人組が短パンを履いていたらほぼ確実にゲイ」という偏見にまみれた見分け方も店長から教わった。そんなことはないと思うのだが。

テンカラ(=店に客が入っていない状態を指す隠語)の時間は、客が入るまでとにかくティッシュを配り続けなければならない。
ティッシュを渡した相手からは「なんだ、キャバクラかよ」と軽蔑の目で見られる。
ティッシュ配りに必要なのは何よりも、精神的苦痛に耐える覚悟だった。

接客の一コマ(撮影/牛窓)

21時頃からは後半戦だ。
黒服は店内のホール業務に就くことになる。
閑散期でない限り、夜が更けるほど店は賑やかになっていく。

来店客におしぼりと氷を出し、キャストを隣席につかせ、キャストのドリンクやフードの注文を承る。最後には会計作業を行い、客が帰った後はテーブル席を片付ける。
ただその繰り返しなのだが、慣れてしまえば地上でのティッシュ配りよりよほど楽しい。
今まで水商売に縁のなかった僕が初めてふれあう光景が、店内にはあふれていたのだ。

女の子と1時間過ごすのに4000円、21時以降は6000円。そこに消費税とサービス料が10%ずつ上乗せされる。店のシステムとして設定されている、セット料金というものである。

客自身はハイボールか焼酎であれば飲み放題だが、キャストにドリンクを入れたり、客が自分用に他のドリンクやフードを注文したりする場合は追加料金が発生する。

キャストは自分に入ったドリンクの分だけバックが増えるため、「一杯いただいてもいいですか?」と上目遣いで客に”おねだり”をする。
客は女の子の前で恰好つけたい虚栄心から「好きなの頼みな」と頷く。
何人ものキャストを席にはべらせ、ちょっとしたハーレムを実現させる金持ちもいる。シャンパンなんて入れれば女の子たちは大騒ぎで、客は王様の気分を味わえる。

経済的強者の男が女と酒を飲むだけの行為に大金を落としていく、その金はめぐりめぐってバイト代として僕の手元にやってくる――。
その流れはまるで自然界の弱肉強食という摂理を象徴しているようで、底辺ライターの僕にはたまらない興奮を植えつけてくれた。
中野区のさびれたキャバクラで繰り広げられる男女の愚かな営みに、社会の縮図を垣間見た気がしたのだ。(牛)

(まだまだつづく)


牛窓:1995年生まれ。脚本家。『ルポ〇〇の世界』ゲストライター。大手出版社勤務を経て、2022年にNHK BSプレミアムよりドラマ脚本家としてデビュー。以降も創作活動を継続している。最近は「アナウンサーがニュースの本番中にツボってしまう」という動画をYoutubeで漁るのが趣味。署名は(牛)。


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