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呟き。(自己紹介の様な)

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#旅

『旅する巨人』

『旅する巨人』

『旅する巨人』
副題、「宮本常一と渋沢敬三」
佐野眞一、著。文春文庫。
これは、だいぶ前に新刊本で読んでいたが、文庫化されたんで文庫本を買った。本文庫の親本刊行は、1996年11月。同じく文芸春秋社より。
今では宮本常一の名はだいぶ知られるようになっている、と思う。

旅する巨人、といえば宮本常一のことになるだろう、が、渋沢敬三をぬきにして宮本常一を語ることはできない、のだった。

正直なところ、

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ロケ地。映画って・・

ロケ地。映画って・・

(スチール)写真でもそうだけど、ムービーカメラにもフレームがあり、劇映画なんぞはカメラの前に虚構を作り出すわけ(そのために美術監督とかがいるわけで)だから、(昔の時代劇のロケなんかだったら、電柱なくしたり看板古くしたり、そういったイジクリなんか当たり前で) 、実際の現実(風景)と違っててなぁんの不思議はないのだ。

で、ふと思いうかんだのが、モニュメント・バレーだった。 アメリカ、ユタ州の。
『駅

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旅と映画

旅と映画

私は高いとこがけっこう好きだ。眺めがいいから。
運転も好き!
もちろん車の、だけど。
けど、電車でも飛行機でも外が見えていた方のが、だぁんぜんいい。だから、地下鉄は好きじゃない。バスも・・アメリカでグレハンバスに乗ってた時、夜眠れなかったらけっこう退屈。

とにかく、映像。
目の前に次々と流れていく映像を眺めているのは、あんがい快感、って気がする。
だから、映画も好きなんだと思う。
ことに、ロード

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記録、と記憶

記録、と記憶

記録したくなるのはなぜだろう?

ヒトはどうして記録したがるのだろう?
古くは洞窟絵?
文字がない言語があるし、文字に頼らない暮らしが今でもある。

文字を発明してしまってからだろう。記録したがる様になったのは。

それはさておき。
私は、現実感覚がなかったからだった。
記録しておかないと、ほんとにそうだったのか判らなくなるのだ。 自分が死ねば自分が存在していたことがどこにもなくなってしまう

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憧れ👀

昔々、(私がまだ10歳代だった頃)、
探検や冒険に憧れていた。

遥か彼方の異郷の世界。

北は浅間山、南に八ヶ岳、山に囲まれた、東信州佐久盆地に生まれ育った私は、その山の向こうを全く知らなかった。そうでなくても、自閉的だった。
小中の頃の思い出はあまりないが、高校生の頃は山に登っていた。
読む本は、探検や冒険ものが多かった。

エベレスト初登頂記や、人類8000メートル峰初登頂記や、アルプス三大

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体験(感覚)。記憶

体験したことが、すべからく、その人の心身に影響を及ぼす、とは限らない、と思う。

同じ時空間にいて、同じ体験を共有した者どうしであってもお互いの感覚記憶が同じにはならない様に、その人自身がどの様な状況でどの様なものを見て感じたかで、その人の記憶が形成される。

そもそも、感覚(体験)した記憶は、その人のいい様に改変される、と思う。
その人の都合のいい様に。
過酷で否定したいと思った体験は、なかった

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記録と記憶

私は記録したがる方だった。
写真、日記、記念品、切符、チラシ、テープ等など。なんでも残しておきたくなった。
なぜなら、自分の存在感が素直に信じられなかったから。
そういった記録ものを残しておいてみることで、自分はあの時確かに存在していたと自己確認しようとした、 自己確認したかった。
けれどもそれは、そういったものをとっておける状況があるからできたことであって、実家がなくなってしまった私には許されな

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僕のあたりまえは

初めての海外旅行、インド経由でネパール・トレッキング(行きも帰りもコルカタからだった)から帰ってきてから、箸を左手で持つようにし始めた。
1982年02/27~05/01、私が26歳の時だった。

で。海外旅行。
とにかく。外国へはいつも一人で格安航空券で出かけて行く、てなこと言ったら、ひどく驚かれた、ことあった。
私にとって外国への旅行は、一人でディスカウントチケットで行く、というのが当たり前だ

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僕が旅に出て行くわけは

確か、陽水の『心もよう』の、前の歌詞は
♪♪遠くの~町の駅にぃ 下りると~~の後に、
♪♪僕らが旅に出てゆくわけは 生きてることを感じるためさ
だった気がする。不確か。

『心もよう』という題は、当時のプロデューサーだった多賀英典の命名、だった。と記憶。
なかなかい~~ネーミングだと思う。
もちろん!『心もよう』の歌詞もすばらしい。

さて。
僕が旅へ出て行くわけは・・…
旅へ出ることが可能だっ

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あの感覚はもうなくなってしまった

今では、現実感の欠如は感じず、、そのせいか、街を歩いていても、なんだかものたりない。。
ニューヨークシティを一人で歩いたことがあった。迷子になることなく、まったく問題なかった。
昔の、東京で感じたあの感覚、、点でしか感じられなかった、現実感の欠如
はどこにもなかった。(まぁNYの場合、いやアメリカという国の都市はおよそみなブロック割りだから分かりやすくなってると思うけど。何しろインディアンたちがい

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旅と映画

私は高いとこがけっこう好きだ。眺めがいいから。
運転も好き!もちろん車の、だけど。
電車でも飛行機でも外が見えていた方のが、だぁんぜんいい。
だから、地下鉄は好きじゃない。バスも・・アメリカでグレハンバスに乗ってた時、夜眠れなかったらけっこう退屈。
とにかく、映像。
目の前に次々と流れていく映像を眺めているのは、あんがい快感、って気がする。
だから、映画も好きなんだと思う。
ことに、ロードムービー

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私には旅が必要だった

私は、高校生時代登山部に入っていて、山登りしていた。遥か遠い異国の地に憧れていた。
その後、映画に夢中になった。
それから、海外旅行だった。20歳代は(お金なかったせいもあり)一度インド&ネパールへ行ったきり。30歳代で、パリ&スペイン、カナダ&アメリカ、40歳代でオーストラリア(タスマニア島)、バリ島、グアム島。

なんとなく考えた。
私には旅が必要だったんだ、と。
芸能人とか外人とかが自分と

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ここではないどこか

『ここではないどこか』、に憧れていた。

どこかへ行けばそれで何かが変われると思ってた。
どこかへ行きさえすれば逃げ出せると思ってた。

『ここではないどこか』
遥か彼方の夢の国。
いつも、ここではないどこか・・・
今ではない、いつか・・

童の心で、憧れ。
人の夢は、儚い。
ユートピア。
シャングリラ。
桃仙郷。

♪♪ガンダーラ
いきぃるこぉとの~~
苦~しみぃさえ~~
消~え~る とぉ
ゆぅ

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