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デレラの読書録

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読んだ本について思ったこと感じたことを記録します。 小説や詩集やエッセイ、あるいは学術的なものまで、ジャンル横断的に読みたいです。
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記事一覧

デレラの読書録:フランク・ハーバート『デューン砂の惑星 上巻』

デレラの読書録:フランク・ハーバート『デューン砂の惑星 上巻』

SF小説の金字塔、壮大な大河作品。

香料の産地「砂の惑星アラキス」で宇宙を統治する大貴族であるアトレイデス家とハルコンネン家が衝突した。

両家の衝突は宇宙に何をもたらすのか。

鍵となるのは原住民族のフレメンである。

宇宙を統べる帝国の帝王皇帝、救世主を信仰する女子修道会ベネ・ゲセリット、覇権を狙うハルコンネン家、善政を目指すアトレイデス家、利権に群がる領主議会と大公家連合、宇宙ギルド、砂の

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デレラの読書録:宮内悠介『スペース金融道』

デレラの読書録:宮内悠介『スペース金融道』

人類最初の植民惑星・通称「二番街」で繰り広げられるSF×闇金取立屋のエンタメ作品。

アンドロイドに高金利で金を貸し出す「新星金融」。

そこで働く取立屋コンビのユーセフとぼくが奇想天外なSF設定を駆け巡る。

面白いのはアンドロイドの設定の塩梅だ。

どういうことか。

「アンドロイド」はSFでは古くから使われているモチーフだ。

広義のSFは、科学的な設定や思弁的な設定を持ち出して、「人間とは

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デレラの読書録:雨宮昭一『占領と改革』(シリーズ日本近現代史第七巻)

デレラの読書録:雨宮昭一『占領と改革』(シリーズ日本近現代史第七巻)

敗戦後の連合国による占領と改革。

戦中と戦後の切断線を丁寧に読み解く本書。

戦前・戦中の日本は全くダメで、GHQの占領と改革で日本は良くなった、という素朴で単純なイメージを解体する。

あの頃、何が起きていたのか。

戦後改革について考える時に見過ごしがちな問いに著者は注意を促す。

その問いとは、GHQがいなくても進んだ改革があるのではないか、それは当然元々あった利害関係や集団が進めるはずだ

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デレラの読書録:吉田裕『アジア・太平洋戦争』(シリーズ日本近現代史第六巻)

デレラの読書録:吉田裕『アジア・太平洋戦争』(シリーズ日本近現代史第六巻)

わたしは平成生まれで、戦争の記憶は無い。

さらに言えば、ベルリンの壁崩壊よりも後の生まれなので、冷戦すら歴史の教科書の出来事である。

そういうわたしたち世代は、かの戦争をどのように学ぶことができるのか。

わたしがアジア・太平洋戦争を知るということは、本書の「はじめに」で書かれてるように、直接経験していないことを想像することである。

なぜアジア・太平洋戦争が起きたのか。

意志決定のプロセス

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デレラの読書録:櫻木みわ『カサンドラのティータイム』

デレラの読書録:櫻木みわ『カサンドラのティータイム』

例えるなら、ガラス細工を手に持って綱渡りをするようにして書かれた小説。

家庭内、あるいは大人二人の間のプライベートな、閉じた空間で起きた出来事について、そこで生じる「暴力性」を問うとき、どのような言葉が必要になるだろうか。

暴力性を問おうとすれば、加害と被害を二項対立を避けて通れない。

被害を受けた登場人物に同情的に物語は進むが、加害の生まれた原因に踏み込む展開に、作者の覚悟を感じる。

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デレラの読書録:村上春樹『一人称単数』

デレラの読書録:村上春樹『一人称単数』

表題作含む8作の短編集。

「小説における描写は、単に描写なのであって、テーマや教訓などは無く、ましてや象徴的な意味はない」ということを、村上春樹はこの作品のなかで少なくとも二度書いている(p.97,p.209)。

しかし、本当にそうだろうか。

小説家という存在は(特に村上春樹は)、そんな単純な生き物では無いとわたしは信じている(実際は分からない、わたしがそう信じているだけだ)。

そう書かれ

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デレラの読書録:新川帆立『先祖探偵』

デレラの読書録:新川帆立『先祖探偵』

戸籍を辿って先祖を調査する先祖探偵。

依頼人はそれぞれの動機を持って先祖の調査を依頼する。

なぜ依頼したのか、という動機への問いによって物語は駆動する。

物語の小道具として戸籍を使うのがとても面白い。

戸籍とは何か、と自然と考えさせられる。

戸籍というものは普段は意識しない。

わたし自身、数年前に結婚したときに、久しぶりに戸籍に対面した。

なんか高級そうな紙に印字された氏名と住所が戸

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デレラの読書録:宮内悠介『国歌を作った男』

デレラの読書録:宮内悠介『国歌を作った男』

2016年以降に各所で掲載された短編を集めたノンシリーズ短編集。

現在刊行されている長編の原型となる短編もあり、そういう点でも面白い。

ノンシリーズとは言え、一貫した流れのようなものが感じられる。

言わば、BGMのようなものである。

表題作の「国歌を作った男」は、ゲーム内BGMが国家と呼ばれるまでの物語である。

「夢・を・殺す」でも、ゲーム内BGMが出てくる。

BGMというモチーフが、

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デレラの読書録:市川憂人『ジェリーフィッシュは凍らない』

デレラの読書録:市川憂人『ジェリーフィッシュは凍らない』

1980年代のU国、真空気嚢を作る新技術により開発された新型飛行船「ジェリーフィッシュ」はその名の通り海月のような見た目であった。

ある日、ジェリーフィッシュが燃えているという通報があった。

雪山で炎上したジェリーフィッシュ、乗員6名は全員死亡。

しかも死因は、全員が他殺であった。

誰かが殺したのであれば、誰かが自殺でなければならない。

一方で、侵入者がいたならば、空飛ぶジェリーフィッシ

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デレラの読書録:金原ひとみ『アンソーシャル ディスタンス』

デレラの読書録:金原ひとみ『アンソーシャル ディスタンス』

アルコール、美容整形、化粧、不倫、SNS、コロナ禍、自殺、セックス、激辛料理。

多彩なテーマが取っ替え引っ替えに繰り出され、描かれる五つの短編。

現代日本を生きる登場人物たち。

各作品は独立しているが、彼らは「ある感覚」を共有している。

登場人物たちが共有する「ある感覚」とは何か。

それは「不能感」である。

つまり、コントロールの不能感だ。

人間は多かれ少なかれ不能感を抱える。

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デレラの読書録:チバユウスケ『詩集 ビート』

デレラの読書録:チバユウスケ『詩集 ビート』

日本のロックシンガー、チバユウスケの詩集。

伝説的ロックバンドであるミッシェル・ガン・エレファントから始まり、いくつかバンドを変えながら15年間で書き綴った名曲たち。

ロックバンドの演奏と歌声から解放されて宙を舞った言葉たちが、紙の上に降り注がれ着地した。

楽曲とは違う印象を楽しめる。

詩が楽曲から解放されるというのは、どういうことか。

この詩集には「二つの仕掛け」が用意されているように

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デレラの読書録:平井靖史『世界は時間でできている ベルクソン時間哲学入門』

デレラの読書録:平井靖史『世界は時間でできている ベルクソン時間哲学入門』

ベルクソンの難解な時間哲学を、問いの前提から説明してくれる本書。

専門用語にこだわらず分かりやすくパラフレーズしてくれる。

専門用語の再生産ではなく、日常語に換言して読者の想起を促す。

まさに創造的である。

では、ベルクソンの時間哲学とは何か。

時間と聞いて、わたしはまず「絶対時間」を連想する。

「絶対時間」とは、ようは客観的な時間である。

誰にとっても同じ時間、ひとによって変わらな

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デレラの読書録:ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』

デレラの読書録:ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』

この小説は、トマーシュとテレザという二人の主人公の恋愛小説である。

しかも、この二人の恋愛は単なる恋愛ではなく、形而上学的な恋愛である。

どういうことか。

つまりは、二人が何を信仰しているのかが賭けられているということだ。

主人公を含め、サビナやフランツなどの登場人物らは「軽さ」あるいは「重さ」を信仰した。

パルメニデースによれば、軽さは肯定的で、重さは否定的である。

しかし、この物語

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デレラの読書録:熊野純彦『レヴィナス入門』

デレラの読書録:熊野純彦『レヴィナス入門』

フッサール、ハイデガーの思想との対立でレヴィナスの思想を、そのギリギリの思考を描き出す本書。

世界大戦時に収容所を体験しているレヴィナスの思想。

独自の「他者」の概念はあまりに難解だ。

ではその概念を理解するための手がかりは何か。

それは贈与である。

どういうことか。

それは、世界は与えられている、ということだ。

さらに言えば、「与えられてしまっている」ということ。

わたしたちは世

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