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日記

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2023年10月の記事一覧

魚の瞼を感じる日には

魚の瞼を感じる日には

こんな苦しい日はどうしてたんだっけ、時間もお金ももうわからなくなってて、夜が冷たく刺してきて、それに急かされるみたいにかえる、かえる道でスタバが煌々と在って吸い込まれて最後尾につく、喉に落ち着いたチャイの温もりと、赤くなる頬、それから中也の詩集をひらけば慌てて飛び出る涙の厚みのある感じ、踏んでいた絨毯が大きな犬の毛足のようで思わず蹲りたくなる、冬の夜のことがまっすぐ愛されていてその文字を追ったあと

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醒めない遊び

醒めない遊び

 口に出すと、漏れ出していくものがある。騙すとか蝶とかそういう類のものではなくて、まっすぐな光の柱のような場面でしゃがみ込んでしまうようなそういう類の、ものがある。

 たしかな手がかりとして、ひとは朝を指すけれど、ほんとうがどこにあるのかはきっと、まだ誰も知らない。水の深さに、空の苦さに、まだ触れていない。からだの隅にいくらか積もった黒ずみの、うっかり撫でてしまえば指先にうつるやわらかな絶望達。

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匂い、匂う

匂い、匂う

八月のことはよく覚えていない。

素足でプールの水をずっとかき混ぜているように、何にも届かない場所にいた。

ギターを指で弾いて渡る際の、きゅいん、が耳の奥で溶けていく。遅くなった帰り道で自動販売機の売り切れが赤く四つひかる。マンションの階段はいつも静かだ。玄関の扉をあけると、シンクから泥の匂いがする。

いい匂いする、って言われたこと思い出す。下腹部が痛む。お互い隣に座ったまま、彼はこちら側へ抱

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思う、ばかりの国で

思う、ばかりの国で

ふと、後ろ向きに歩いてみたくなる。
それはかなり昔、幼子の頃にやったようなやさしい音頭ではなくて、かなり緻密に機械的にそういう動きで進みたくなる。進んでいるのか後退しているのか、その区別を何に委ねているのだろうと考えたとき、やはり意思の方向に向かっているかどうかだと思う。
そう考えれば、完全に進んでいることになるけれど、後ろ向きに進む時には去っていく景色ばかり見ているわけで、それが不可思議に自分か

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すこしのあいだでいい

すこしのあいだでいい

死にたくはないんだけど死にたくなって、意味もなくビンタしてみたりベッドから落ちてみたりする。雪が葉に積もるときくらいの優しさと重さと頑固さで生きてるのにどうして美しくなれない。からだが重すぎて、心が浮かばない。まったく何も映さないテレビの黒いけど透明な画面に顔が伸びていて、ずっと平面で生きてるみたい。地下鉄みたいな下半身が閉じきらなくて、まただれかにあまえてしまう。ずっとこんなふうなのかな、なんて

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発熱途上

発熱途上

熱が出て、ぼーっとしている。
からだはだるくて、あたまが重い。目をすこし動かすだけで、じん、と痛みが澱のように沈む。

涼しい風が入ってくる。
間接照明の灯色が睫毛に影をつくる。喉が渇いた。からだを起こしているのがつらくて、やっぱり体調が悪いのだと思う。薬を飲み込むのが苦手だ。けれどがんばって飲んだ。

目に入った睫毛を他人がとってあげている図はなんだかグロテスクだと思う。
昔、そろばんの先生が大

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青く沈む

青く沈む

 夜に沈む街だ。
 曇天に、背の高いクレーンがひとつ、そのてっぺんが赤く光る。それから帰路につく人々の波。

 青い街だ。
 信号のあざやかなみどりが無数の光を流してゆく。車。そして一気にとどめられる赤の、その群れに、今日が遠くなる気がした。

 短めのバス、大きめのプードル、清涼な風、すれ違うたびに切ったばかりの髪が頬に寄り添ってくるがわかる。しらない街でしらないからだでしらない人達と同じ時間を

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