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書評

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#運命

もちこ(2019)『「運命の恋」のはずなのに、どうして私の彼氏じゃないんだろう』KADOKAWA

無慈悲な失恋を経験した筆者によるツイッター文学の集大成たるエッセイ集。恋と失恋にまつわる様々な思いを同世代に向けて寄り添いながら伝えている。前向きな恋を応援していく基調に仕上がっている。

「最後は幸せになれるはず」、結局そう信じて腐らずに動き続けられる人が幸せになれるのだろうか。正解のない、無限の組み合わせのうごめく情動を、人間同士なんとかして乗りこなして皆で幸せになっていきたい。

逢坂冬馬(2021)『同志少女よ、敵を撃て』早川書房

生きる意味とは何か。戦争という極限状態におかれた人間の心の移ろいを丁寧に描写する中で、少しでもこの問いの核心に近付こうとする物語であった。もちろん答えは得られない。それでも読者は主人公たちとともに歴史の大河を渡りきったとき、一握の勇気を手にしているだろう。

戦争ほど人の人生を狂わせるものはない。奇しくも本書の戦場が、今また現実の戦場となっているこの時代に、我々日本の読者が受け取るべきメッセージは

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石原慎太郎(2018)『天才』幻冬舎文庫



天才・田中角栄の生涯を一人称視点で描いた小説。田中角栄という一人の人生があったことを厳然として標し続けてくれるだろう。この際、著者の長逝にも哀悼の意を示したい。

先を読み、例え理解されずとも国民にとって必要な施策を打つことが政治の仕事であり、現代の政治家も大いに勉強しなくてはならない。また、田中氏の人を巻き込む力には感心するばかりである。しっかりと引き継いでいかなくてはと思う。それでも、人生

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小坂流加(2017)『余命10年』文芸社文庫NEO

余命が10年と言われた女性の、その死までの心の移り様を描いた物語。特筆すべきは、筆者がまさに死を目前にして本作に取り組んできたということであろう。そうした背景を分かった上での読書体験となることで、一層言葉の重みが増すように感じる。

「死」という感覚の描写が書中に登場するが、この世の誰にも分からない感覚であるにもかかわらず、どこか描写が現実的で、真剣な気持ちになってしまう。また、主人公を傷つける友

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小川糸文・平澤まりこ画(2019)『ミ・ト・ン』幻冬舎文庫



北欧の小国に暮らす一人の女性の生涯を描いた物語。自然と身近な暮らしを送っていた時代の慎ましやかな日常と、戦争の陰にある民衆の苦難と気概をさりげなく伝える。

ラトビア共和国の現地取材を元にした、文化紹介も織り交ぜたような、エッセイに近い人生譚小説。劇的な感情の起伏はないものの、人の一生というものに少し思いを馳せることになったりはする。

燃え殻(2018)『ボクたちはみんな大人になれなかった』新潮文庫



果てしない名作。人間である以上、避けては通れない、そして大きく乗り越えることも小さくあしらうことも出来ない、自分そのものとして等身大の気持ちで向き合わなければならない唯一のもの、人間関係。

誰かを愛しいと思ったり、親しいと思ったりする気持ちの、不可侵性。時の移ろいにも、誰かの悪意にも、全く揺らぐことのない感情。それを持ち続けている僕らはみんな大人になれず正しさのなかを生きている。尊いほどに。

宇山佳佑(2018)『この恋は世界でいちばん美しい雨』集英社



人は変わりやすい、良くも悪くも。環境が変わるたび、心の中に新しい感情がふつふつと湧いてきて、これまで絶対だと思っていた気持ちも色合いを変えてしまう。それでも、失ってはいけない気持ちが、僕たちにはあるのだろうか。

バイクの免許欲しいなと思っていましたが、やっぱり怖いなと思っちゃいました。冗談です。生きるなら、誰かを傷つけないように生きたい。人間が、そこまで生きたいと願う生き物であるのなら。

畑野智美(2015)『海の見える街』講談社文庫



真っすぐに生きようとする人が、真っすぐに生きているようには見做されない世界が広がっていて、それでも誰にでも運命の人はいるんだなって勇気をもらえるような作品。この暖かさは母なる海の温もりかな。

一人ひとりが抱える「過去」というものが、自然と付き合い方の濃淡を決めているのだろうけど、それが私たちには見えなくて、なんでこんな目隠しゲームなのと思わずにはいられない、けれど何も悪くはないんですよね。

椰月美智子(2017)『消えてなくなっても』角川文庫



不思議と親しみを覚えるような人って、なんなのだろう。運命とか、偶然にも巡りあったとか、そういった嬉しい奇跡みたいなことがたくさん起きたらいいのになと思わせる一冊。

憑き物が落ちたみたいにとか昔から言うけれど、そんなふうに人間って変わりうるし、良いことがあっても悪いことがあっても、すぐそこに死があって、それで生にも気付くことが出来る。そんなきっかけになるかもしれない。