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書評

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2021年12月の記事一覧

小坂流加(2017)『余命10年』文芸社文庫NEO

余命が10年と言われた女性の、その死までの心の移り様を描いた物語。特筆すべきは、筆者がまさに死を目前にして本作に取り組んできたということであろう。そうした背景を分かった上での読書体験となることで、一層言葉の重みが増すように感じる。

「死」という感覚の描写が書中に登場するが、この世の誰にも分からない感覚であるにもかかわらず、どこか描写が現実的で、真剣な気持ちになってしまう。また、主人公を傷つける友

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加藤陽子(2016)『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』新潮文庫

日本が第二次世界大戦に至る過程でどのような経緯を辿ってきたのかを、仔細にかつ普段は注目されることの無い部分をも取り上げて解説したという意味では、学術的価値のある一冊。一読の後、知識が増えるのは間違いない。

しかしながら、著者が日本学術会議の会員に任命されなかった理由もすこし理解できるなというのが読んでいて思った率直な感想。つまり、文中に戦前日本に対する感情的な嫌悪が多く表されており、残念ながら思

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石沢麻衣(2021)『貝に続く場所にて』講談社

例えば頭の中で、遠い異国に旅をしてみる想像をするとして、脳内のイメージを余すことなく繊細に文章化するとこんな小説になるだろう。題名からも感じるかもしれないが、難解である。村上春樹的な要素がある。日本人が何故か好きな要素でもあるので、見事に芥川賞も受賞したのだろう。

テーマは、東日本大震災後の喪失感、しかし生き残った者・直接津波を経験していないものとしての疎外感、過去と現在の複雑な重なり合いと追想

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カツセマサヒコ(2021)『夜行秘密』双葉社

凜ちゃんは死んでしまった。恋と、愛と、どうしようもない殺意といった、激しい感情が巣食う、我々人間の内面にあるリアルな現実の犠牲者となって。果たして、違う結末はあったのだろうか。私たちは、どこで間違えたのだろうか。

人間誰しも不完全で、不思議とどうしようもなく欠けているところがあったりする。世間の常識がどう判断するかなんてものは分かりきっているはずなのに、どうして出来ないのだろうかってくらい、人間

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楪一志(2021)『レゾンデートルの祈り』ドワンゴ

生きることと死ぬこと、その意味たちを描く。合法的に認められた安楽死の要件として、死の前に何度か担当カウンセラー(アシスター)と面談をしなければいけないという設定。

アシスターである主人公が会話の中から安楽死希望者の本心を紐解き、死から守る展開が多くそれ自体はありふれた構成である。しかし、言葉の用い方の綺麗さ、主人公自身の複雑な心情描写、清らかな心の描き方が秀逸であり、一読の価値がある物語となって

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